第三十一話 「咲也の宿命」
第三十一話
「咲也の宿命」





お正月も休むことのない遊郭は、年越し・元旦・三賀日の上客との宴と予約はいっぱい。
お正月の間は咲也以外の男娼達も着物で着飾るので女将さんと美容師さんを手伝って咲也も男娼仲間に着付けをしていく。

三賀日の宴の日だけ
「咲也 あなたもそろそろ着替えていらっしゃい」
と、女将に言われ美容師とともに支度をしに行く咲也。
「元々着物なのに何に着替えるんだろう?」
と、皆で話している。
時雨も聞かされていないサプライズらしい。

「お待たせしました」
と、美容師に共なられて咲也がロビーに戻ってくる。
伸ばしていた髪をポニーテールに結い上げストレートロング腰まであるエクステを結び目から垂らし簪や造花で飾り。
いつもから着物とはいえ品のある柄物に男帯なのに対し、今日は艶やかな振袖を裾を引きずるような華やかな着付けで。
素から色白の肌をおしろいと頬紅をさし、小さな唇を紅く塗ったその姿は、ここが遊郭だということを忘れれば京都の舞妓のようで。
女将の説明によれば今日の咲也はこの姿で 上客や見物客、男娼が一同にかいする宴の場で日舞を披露するらしい。

「はぁ… いつも女の子みたいだけど 今日は本物の女の子以上だね」
と、褒めてあげるが咲也は不安そうに俯きながら震えているのだろうか銀の簪がチリチリと鈴のような音を立てている。
人見知りで恥ずかしがり屋な咲也がそんな席で緊張しないはずがないと気付いた時雨は咲也が落ち着くようにいつものように抱きしめてあげる。
咲也の舞う舞台に一番近い席を上客とその相手の男娼が。
後方に見物客と男娼達という順で部屋が埋まっている。
「僕は今日は一条様と一緒だから一番前で見てるから…
 緊張しそうになったら僕だけを見て…」
咲也の耳元でまるでおまじないのように囁いて。

時雨の言葉のおかげか女将の三味線や男娼の笛に合わせてミスすることなく舞台を終えることができた咲也。
「ありがとうございました…」
舞台の中央に座り頭を下げると会場からの拍手を受ける。

「今宵の咲也は皆様の競りで花代を付けさせて頂きます」
と、旦那の一声。
これもサプライズか会場がどよめくが咲也は聞かされていたのだろうその場にじっと座っていて。

最初は見物客も混じっていた競りの額もどんどん釣り上がり、上客の中からしか声が上がらなくなっていく。

「…この額以上の方はおられますか?」
上限になったのか確認を取る旦那に一条様が手を挙げる。
「ちょっと時雨を横に座らせてやってもいいかね?」
と、言うと時雨を立たせ咲也の隣に座らせる。
羽織袴を着こなした時雨と、華やかに着飾った咲也が並ぶとまるで一対の歌舞伎人形のようで会場を沸かせる。

「ふむ… 二人合わせて倍出そう」
と、一条様が言うと
「おぉー」
と、またも会場が沸く。

「では 一条様に…」
と、旦那が言いかけると今まで上がっていなかった声が見物客の中から
「咲也の借金全額!」
と、叫ぶ。
ザワ…っと今までとは違う空気に会場に緊張が走りその声に今まで俯いて微笑を浮かべるようにしていた咲也も顔を上げる。

「…それは 咲也を身請けなさる… ということになりますが…」
正月の宴で身請けが決まるのは本来ならめでたい話だが、どうやらその声の主に心当たりのある様子の咲也に気付き女将に目配せする。
女将が男娼の子達にお客様をお部屋にご案内するようにと合図をし会場に居た上客や見物客をそれぞれの部屋で饗すように連れ出して行く。

会場には時雨と咲也、旦那と女将、一条様と…
残ったのは二宮だった。
旦那が二宮と直接交渉に入る。
そんな金額が本当に払えるのかと。
「ご存知だと思いますが
 咲也の身請けには相応の金額では
 収まらない所がありますが…」
しかし二宮はくつくつと笑いを噛み締めて…。
「なに、心配は無用です旦那。  満更届かないというわけでもない」
二宮はニタニタと笑みを隠しきれずに続ける。
二宮の口から出たのは驚くような話だった。
「咲也を抱いた帰りに買った宝くじが4億。 それを資金に競馬をやれば大穴連勝。 パチンコをやれば台が壊れたかというほどの出玉。 紙くず同然だった織原の子会社の株が業界1位の会社に吸収合併されて一部上場。 その株を30%持っていた俺は大株主として役員の座についた。 まさに咲也は俺のアゲマンだ。 今の全財産はたいて買ったとしてもお釣りが来る」
二宮の話に蒼白の表情を浮かべ、いやらしい目付きで咲也をジロジロと見ている二宮から隠れるように隣りに座る時雨の背に隠れる咲也。
またチリチリと簪が小さくなる音は時雨の耳にしか入らない。

二宮は話し続ける。
「今年の金環日食騒ぎで思い出したんだ。 咲也は14年前マレーシアに出張中だった社長と夫人が現地の金環月食の日に産んだ子だったとな。 どの宗教でもその日に生まれた者は 『大きな幸運と大凶を合わせ持つ陰陽の持ち主』とされている。 まさに咲也はそれだったんだ」

二宮の言葉にビクリと震えて
「…そのことを…知っていたんですか…」
咲也が震える声で問いかけるが、二宮は父の築いた栄華とその一瞬の廃退を見てきているのである。
絶望的な目で震える咲也を時雨が心配そうにしつつ二宮に
「それが何だって言うんです?」
と、威嚇するように睨みつける

「咲也が生まれた年から社長の事業は急成長。 色々な業界に手広く事業を展開してもどこも足を引っ張らなくなった。 『その時』まで咲也はまさに織原の『陽』だったんだ。 咲也の成長と共に織原も上り詰めていった。 まるで平成のバブルのようにな」
二宮は自分が織原で重役についていた時代を思い出し恍惚のような口調で話し続ける。
「日本中… いや 世界で『ORIHARA』を知らない者は居ないと言っても過言ではなかった。 それが『ある時』を境に急落下していくんだ… 咲也が『父親を嫌った日』からな!」

全てを知っているぞと言わんばかりに咲也を指さして二宮は笑う。
「…違う…っ 僕は何も… 何もしていない…っ」
時雨にしがみつきながらガクガクと震える咲也。

だが二宮は自論に酔ったように話し続ける。
「織原観光の運行する織原重工製の観光バスが高速道路で大事故を起こした。 たくさんの人間が死んだ。 あの日を境に咲也は織原の『陰』になったんだ。 手のひらを返すように簡単に! 毎日TVや新聞に社長や俺が土下座している映像が流されたその事件をきっかけに他の織原事業にも警察や監査が入り今まで全くといって無かったハズの社員と国会議員との癒着や横領。 税金の未申告による脱税。 食品業からは産地の偽造や消費期限の書き換え。 外食業からは客の食べ残しの使い回しなどの不衛生。 重箱の隅をつつくように細かいとこまで探られて世界の織原の名は地に落ちた。 俺は毎日土下座しながら横で頭を床に擦り付ける社長を恨んだ。 どんな『大凶』を抱えていたんだかと疑い調べさせた。 それが咲也 お前だったんだ!」

熱く語る二宮の言葉にその場にいる全員が暗い表情を浮かべ数年前世界を揺るがした大スキャンダルをはっきりと思い出させていた。
…時雨を除いて…

 「咲也! その男娼がお気に入りなんだろう? その手で触っていていいのか? お前が嫌った瞬間その男娼はどうなるかな? やっぱり死ぬのか? 社長のように!」
二宮の言葉にビクンと震えて。
そ…っと時雨から離れ両手で顔を覆いとうとう泣き出す咲也。

「ねえっ…うそでしょ!?  こんなこと…」
時雨は咲也の肩を掴んで詰め寄る。
時雨は二宮の話にイライラしていた上に咲也までそれを信じているかのように離れるのを自分から咲也を抱きしめ引き止める。
腕の中で震えるだけで声もあげずに泣く咲也に問いかける。
「僕は…咲也の言葉を信じるよ?」
嘘だ…二宮の言いがかりに決まってる。
時雨は咲也の隠し通してきた事実を受け止められずにいた。
あの日二人で語った時も多くを語らなかった咲也。
その理由が時雨の気持ちとは裏腹なまま明かされていく。

時雨に知られてしまった…
本当に僕が二宮のおじさまの言うような存在なら… 時雨に気持ちを寄せすぎている…
本当に父様のように『呪われて』しまうかもしれない…

両手で顔を隠したままいつも以上に言葉を発するのさえ苦しそうに話し始める咲也。
「全部…本当の…ことだよ… 僕が…母さまの『一番』に…なれなくて… 悲しかった…って 話した…でしょ? でも…父さまのことも…もちろん大好き…だった… なのに…… うっ…」

思い出して涙で言葉を詰まらせながらも必死に続ける。
「僕の…誕生日に… 皆が僕を…お祝い…してくれてた… でも父さまが…母さまに… 『咲也を生んでくれてありがとう』って… 僕が…生まれたことじゃなく 母さまが…僕を…産んでくれた事の方を…喜んでるのが… なんでか…悲しくて… …ちょっと…拗ねただけ…だったのに… 母さまが…僕を叱って…きて… 三田さんに泣きついて… わんわん泣いちゃった… …ただ…それだけ…だったのに…… 次の朝 起きたら…テレビで… 燃えてるバスと…記者会見してる父さまが… 全部のチャンネルで流れてて… 三田さんに言われるまま…母さまと… 逃げるように…家を出て… 時雨と泊まったのとは違う別荘に向かう車の中で見ていたテレビで… 家の周りに…いっぱい人が…集まってて… 警察の人も居たのに…放火…されて… 逃げてなかったら… 僕は『あの日』に… 死ねた…のに……」
ここまで語ると咲也は過呼吸を起こしているのかヒューヒューと苦しそうな呼吸音をあげながら座っているのさえ辛そうに時雨に体重を預けてくる。

「何日も帰ってこないで… ずっと…記者会見で謝ってた父さまが… やっと別荘に…来れたのは… もう三ヶ月以上…経ってて… 父さまが…母さまと僕に… 『織原の名を捨てて逃げろ』って… 母さまに『離婚届』を…渡して… テレビで見るのと…同じように… 土下座まで…して… …でも… 母さまは… もちろんそんなの…受け取らなくて… 父さまにすがりついて…泣いてて… その三ヶ月で…僕もすごく…疲れてたんだ… つい…『母さまは僕を守るより 父さまと居たいんだね』…って… もう…そんな父さまと母さまを見ていたくなくて… 自分の部屋に篭っちゃったんだ… 『父さまが帰ってきてる今なら… ここも放火されて死ねる…かも』 …とか…思いながら… 父さまは…ずっと僕の部屋のドアを… 叩いて…僕を呼んでた… 母さまは…泣き声だけ…聞こえた… でも僕は出て行かなかったんだ… そしたら… …っ」
後悔の念か両親を追い詰めたのは自分だと再認識したのかボロボロと涙をこぼし。

「次の朝… 父さまに…謝ろうと…書斎に…行ったら… 父さまの個人名義の不動産謄本や車… 自家用機…クルザー…海外のリゾート… 株券…貯金通帳と実印 生命保険の…証書… お金に替えられるもの全て…並べてあって… 『全額を会社の再建のために』って… マスコミにFAXした謝罪文章と… 母さまと僕に… 『1円も残さないのだから 躊躇いなく織原の名を捨ててくれ』 って… それだけ…で… 母さまにも僕にも…一言も…言わずに… ぅ…っ 僕の悲鳴で…駆けつけた母さまは… その場で倒れて… …一緒に救急車に…乗ったところまでは… 覚えてる…… 気がついたら…僕は… 母さまと一緒じゃなかった… 服も…靴も…無くなってて… 窓に…鉄格子のはまった 何もない白い部屋に…居た… ドアは2メートル…くらいだったかな… 背の届かない高いところにあって… 助けを呼んで叫んでも… 誰も居ないみたいに…静かで…」

思い出して震えが恐怖のものに変わっていく。
「ずっと…叫んでたら 1回だけ… 『静かにしろ』って意味の… 中東の国の言葉が…聞こえて…… 僕は日本に居ないんだって…気がついた… 何が起きたのか…分からなかった… でも殺す気は無い…らしくて… 毎日パンと水が…ドアから投げ込まれて… どれくらい経ったか分からないくらい… そこに居たら…いつものパンと一緒に… 携帯TVが投げ込まれて… ニュースのチャンネルを… 分かる単語だけで…見てたら… 中継が日本になって… 『ORIHARA興産所有の中東油田に対する放火などのクーデター阻止に人質に取られている邦人少年の釈放と引き換えに合意』って…見覚えのある…外務大臣かなんかの人が…記者会見してて… その場にいたマスコミの人から 『それは故織原氏のご子息ですよね!?』って…質問が飛ばされてて… 外務大臣は答えなかったけど… 中継もそこで終わっちゃって… でも…僕が…自分がどういう状況か… 理解するには…十分だった…」
咲也がもう涙ではなく過呼吸と貧血の苦しさから汗を流しながらギリギリの精神状態で言葉を告げると二宮がまた時雨を引き離そうと声を上げる。
「織原が世界中に敵を作った。 あれを知らない奴が居ようとはな!」

自分の言葉を信じると言ってくれた時雨に申し訳なさそうに顔を上げて薄く笑う咲也。
「日本に帰ってきて…極秘扱いで… あちこち逃げ回って… 最後は精神科の閉鎖病棟に… 何ヶ月も…眠れなくて… 一番強い睡眠薬を注射されても… 眠れなかったんだ… 時雨と一緒に…寝てばっかりの…僕から… 想像できないでしょ…? 『あの日』に僕が死んでれば良かったんだって… ずっと思ってた… 本当に死にたかったのに… ベッドに固定具で縛られて… 舌を噛まないように…口を閉じられないように器具を咥えさせられて… 息を止めないように…鼻から…肺に酸素チューブを入れられて… 意識のあるまま…植物人間みたいに…されてた… そこに…父さまの親友で… 最後まで助けてくれてた人が…来てくれて… 僕に…
 『ちゃんと生きて父さまの会社と国に作った借金を返していけるか』って…言われて… どんな辛いところだろうと… 今のままよりは…いいやって… それで…『ここ』に…来たんだよ… 初めて…時雨に『教育』してもらう日は… 本当に怖かった… 『織原』である僕を…知らない人なんて… 居るとは思わなかった…から…」
遊郭に来てからの時雨との楽しかった日々を思い出し、もう戻れないと諦めたように涙目で微笑み。
「ごめんね… 時雨のこと…好きに…なったのは… 『僕』を…知らない人…だったから……」
そこまで言うと時雨を見ていられず俯きポタポタと床に涙を落とす咲也。

顔をそらす咲也をグイっと引っ張り
「咲也…っ 僕に言ってくれた『好き』って… そんな程度なの? 今までずっと…何回もっ いつもは口下手で話すの苦手そうにしてるのに 『好き』って言葉だけは ちゃんとはっきり言ってくれてたじゃないか…っ だから僕も『信じた』のに…っ こんなことで…そんな程度だって言うの!?」
時雨にどれだけ身体を揺さぶられても、もう顔を上げることが出来なくて。
「……ごめん…なさい… 僕は…二宮のおじさまの言う通り… 不幸の素なんだよ… 時雨を… 時雨だけは… 何があっても…巻き込みたく…ない…」

自分が義父にされてきたので暴力を嫌う時雨が初めて咲也を本気で力尽くで押し倒しバシっと頬を打つ。
「ばか…! ちゃんと僕を見て! もう一度言ってみろ! 『巻き込みたくない』? はっ 上等だよ! とっくに…咲也に振り回されてるだろ?」
押し倒され時雨に馬乗りにされて頬を殴られ それでも時雨を自分の瞳に映すことが出来なくて。
時雨の強い言葉にも今まで自分の身に起こってきた事実を考えると自分を『大凶』『陰』『呪い』…今まで聞かされてきた言葉の方を信じてしまう程咲也の精神力はもう限界で。

「ごめん…なさ… しぐ…れ… ぅ…… 二宮のおじさまが… 僕で『幸運』を掴めるって…言うなら… その方が…」

言いかける咲也をまた時雨の張手が止める。
「咲也のばか! しっかりしろっ あんな奴と僕の どっちが大事なんだよっ 咲也!」
今まで何も知らなかった時雨のこの反応は仕方ないとは思いつつ流石に見かねた一条様が時雨の肩を掴んで止める。
旦那と女将も咲也を時雨の下から引きずるように身体を離させる。

「…っ 一条様! 旦那様! 女将さん! やめて…っ 今 咲也を離したらダメなんだよ…! 咲也っ 咲也!」
全てを知っていた大人達は咲也と二宮の言葉を信じて居る様に見えて。
引き離されてしまう こんな形で 咲也と…
焦りと咲也が諦めてしまっている状況の今
繋ぎ止めるのは自分しかいないと必死に訴える。
「一条様っ すみません…っ」
自分の一番の恩人である一条様を初めて抵抗し腕から逃れる。
旦那に引きずられて離れる咲也の足首をなんとか掴むとグイっと引っ張り寄せ、遊郭に来てから『気品』と『優雅』を貫いてきた時雨が初めて見せる必死の剣幕でもう一度咲也を抱きしめる。
「咲也…! 目を開けて…! 僕を見て! 本当に『好き』なら…! 咲也ももっと本気になってよ…! 咲也!」

旦那と女将に時雨から引き離され、いつだったか時雨と別れることになった時には
『ありがとう』
と、言おうと話していたことを思い出し。
「はぁ はぁ… …時雨 ……ぁ…」
声に出せず唇だけがその言葉を形作る。
周りに居る誰にも聞こえない、二人にだけ通じるそれを理解してしまった時雨。
時雨の腕の中から抜け出るようにそっと時雨の胸を押して離れようとする咲也。
「…咲也 咲也…? 嘘…だよね… 咲也…」
腕の中から離れていく咲也を見つめているとポツポツと頬に水滴が落ちる。
それを見て時雨は自分が泣いていることに気付く…




第三十話を読む

第三十二話を読む

目次に戻る

TOPに戻る

感想BBS


web拍手 by FC2