第二十一話 「時雨のダイエット」
第二十一話
「時雨のダイエット」





朝の食堂。
時雨と咲也が食後のデザートに桃を食べているとまた柚槻がやってくる。
「あ… おはよ… 柚ちゃん」

「おう おはようさん ちゃんと食ってるか?」
咲也と挨拶を交わしてから時雨を見る柚槻。
「まぁたシロップかけてねぇだろうな?」
時雨の食べ終わった食器をチェックする。

時雨のダイエットが始まってからは、柚槻の食事のチェックが欠かさずはいっていた。
時雨は柚槻に皿を見せる。
皿には少量のイチゴジャムくらいしか残っておらず、メイプルシロップを垂れ流した跡は見当たらない。
「大丈夫ですよー。咲也も見てますから」
と、にこりと笑う時雨。

「うん 今日は…トーストにイチゴジャム…だったよ」
咲也も証言して。

「よしよし。…に しては 痩せねぇんだよなぁ」
おかしいなぁっと首をかしげる柚槻。

「そうですねぇ…」
横に座る時雨の頬をぷにぷにとつつく咲也。

「だ…ダイエットってなかなか減らないもんですねぇ〜」
ど、こかぎこちなく言葉を返し
「ふぁ、僕昨日から営業だったから眠い……、部屋にかえるね」
と、そそくさとその場を立ち去ろうとする。

「待て 食ってすぐ寝たら太るって言ってるだろうが」
ガシっと時雨の肩を掴んで止める柚槻。
「な〜んか怪しいなぁ? ん〜?
 時雨くん なんか隠してないか?」
時雨の行動を一番知っていそうな咲也に目線を送る柚槻。

「…そういえば 最近 部屋に入れてくれないですね…」
と、答える咲也。

「だ、大丈夫ですって〜、疑り深いなあ柚槻さん」
と、必死に振り払おうとする時雨。
「さ、咲也も余計なこといわないの〜、怪しまれちゃうじゃない」

「誰かに差し入れ貰ったりしてねぇだろうなぁ? ん?」
時雨におやつを貢ぐくらい簡単なことはない。
食堂にいる幼年組達をぐるりと見渡すが、皆 ブンブンと首を振って否定する。
柚槻に歯向かう者もいない。

「ね、ね?柚槻さん、な〜んにも怪しいことなんてないですよ? だから離して〜」
ジタバタしながらうわーんと情けない声をだす時雨。
うるうると目を潤ませる。

時雨の演技臭い素振りを無視して食堂を見渡していると クスクス笑っている双子に気がつく柚槻。
「…なんか知ってそうだな 春陽 秋月?」

「ふふっ、時雨の部屋はー 今やパンドラの箱」
「開けてびっくり玉手箱ぉ」
と、意味深な発言をしてみるだけ。
それを聞くや否や時雨の顔が青ざめる。
「とにかく行ってみればわかるよ」
と、同時に双子は口を開く。

「ほーう…? 何を隠してるのかなぁ しーぐーれーくーん?」
双子の言葉に頷いて時雨をがしっと羽交い絞めにして時雨の部屋に向かう。

自分の食器と時雨の食器を一緒に片付けて焦ったように後を追う咲也。
面白いものが見れそうーっと着いてくる双子。

「ななな、何も隠してないって
 うわ、くそ…なんて力だ…
 くぅ〜は〜な〜せぇ〜」
首をブンブン振ってなんとか逃れようとするが万力のように締める柚槻には叶わず。
「ふ…ふん、こんなこともあろうかと部屋に鍵を…」
「鍵ならここにあるよぉ」
と、秋月が手元から時雨の部屋の鍵を取り出す。
「えええええ〜っ!」

「なんで…時雨の部屋の鍵…持ってるんですか」
自分すら合鍵なんて持ってないのに…と、ちょっと拗ねる咲也。

「いい仕事するな秋月」
ニヤっと笑って
「まぁ蹴破るつもりだったけどな」
と、時雨の部屋の前に立ち

「さぁて どうなってるのかなぁ?」
と、秋月が時雨の部屋のドアを開けるのを待つ。

「はやくー、はやくー。」
「くす…開くよぉパンドラの箱が」
カチャリと部屋の鍵がはずれ、きぃ…と、ゆっくりとドアが開く。
すると… ずおおっと効果音がつきそうなほど甘ーい匂いが漏れてくる。
「あわわわ…」

「時雨… こんな匂いさせて接客してんのか」
まず匂いに呆れながら部屋に入って臭いの元を探す柚槻。

「うわ…時雨って甘い匂いすると思ってたら…部屋の匂いだったんだ」
さすがの咲也も呆れた声を出す。

時雨の部屋は匂いこそあれど、その匂いの元は一見見当たらない。
捜索を開始する柚槻から離れてビクビクと双子のもとにより
「どうしてくれるんですかぁ〜」
と、小声でポカポカと春陽と秋月につめよる。
「どうするってさー」
「自己責任でしょお?」
ふふんと笑ってシラを切る二人。

ベッドの下、キャビネット、冷蔵庫…
一通り探しても臭いの元が見当たらない。
しかしこれだけ匂うのだから何かあるはず…。
咲也に手伝わせ捜索範囲を広げていく柚槻。
「時雨… 今なら自首で許してやるぞ?」

「だからっ、ないないない!あるはずないっ!」
ひぃ〜と柚槻の詰問に断固として認めないが、ドアの手前まで後退しいつでも逃走可能なように準備してるあたり説得力がない。
「ああ、確かー床下とか?」
「クローゼットに隠し扉があるとか?」
双子がいかにももっともらしいことを言い放つ。

双子のあげた場所を咲也に探させながら時雨に詰め寄る柚槻。
「運動してるのに痩せねぇし この甘ったるい匂いだ もう隠しても無駄だろ 白状しやがれ」
逃げようとする時雨を捕まえて。
秋月に再び鍵をかけるように言い。

「逃げられないよぉ〜時雨
」鍵をかけられ完全に包囲された時雨。
もはや逃げ場もない中
「ぶっ…物証が…ない…なら…無実ですよね。あれです、疑わしきは罰せずってやつ!」
最近覚えた言葉をつかって往生際の悪く認めようとしない。
ごり押しで乗り切ろうとしているようだ

「…あ」
クローゼットを開けたとたん咲也が声を上げる。
ガラゴロ…っとキャスター付きの押入れ収納を引っ張り出すとその半透明の箱から たけのこの里の緑やアーモンドチョコの紅白のパッケージが透けて見える。

「…物的証拠が出てきたらどうなるのかなぁ?しーぐーれーくーん?」

「あ……」
咲也の声と同時に、時雨も声をあげる。
冷や汗が止まらない。
ギチギチと首を回し柚槻の方を向く。
「あ……あの…これは……
 一種の気の迷い…で…
 僕の本心じゃないっていうか…」
奥歯をかたかた鳴らして後ずさり。

「ほーう? じゃあ これは要らないよなぁ?
 春陽、秋月 これ食堂に持って行ってガキ共に配ってこい」
双子に押入れ収納ごと渡して。

「はーい、みんなで食べよーねー」
「今日はぁ、みんなでお菓子パーティーだぁ」
と、意気揚々とお菓子の箱を持ち出して、部屋から出て行こうとすると
「やっぱりだめ〜!」
と、双子の足にすがってズリズリと引きずられていく。
「もっとお菓子食べたいよ〜……はっ」
しまったと口を抑えて柚槻の方に目をやる。

「…ほーう?」
両手を組み パキポキと指の関節を鳴らす柚槻。
「…時雨くん 『もっと』ってことは 食べてたってことだよなーぁ?」
時雨の行動と言動にピキピキとこめかみに血管を浮かせながら見下ろす。

いけない、普段温厚な柚槻を怒らせたらどうなるか…。
遊郭が半壊したとも、地盤が沈下したともいわれる伝説さえあるのだ。
これはもう……
「ごぉめんなあさあああい!」
……逃げるしかない。
春陽と秋月が箱を持ち出す隙に、時雨は部屋を脱出。
一目散に逃げ出す

「待て こらぁぁぁ!」
「柚ちゃん落ち着いてぇぇぇ」
追いかけようとする柚槻を咲也が腕を引いて止め。
「時雨っ 戻てきてちゃんと謝ってー」
と、遠ざかる時雨の背中に呼びかける。
双子はというと
「やっぱり面白ーい」
「ねぇ」
と、クスクス笑っている。

暴れる柚槻に、抑える咲也。
見物がてらに笑う双子。
時雨は廊下の角でビクビクと身を潜める。
「…ごめんなさい」
と、小さく呟くだけで顔を出して、戻る気配はない。

「こら 離せ咲也」
「僕の監視が甘かったのは謝りますからぁぁぁ」
半べそで柚槻を止めながらズルズルと引きずられて部屋を出る咲也。
咲也を引きずってても大して負荷もないようにズンズン歩いて時雨に近寄っていく柚槻。

「うわあああああ!」
怒り心頭の柚槻が咲也の負荷をもろともせずに攻めてくる。
時雨は逃げる。
時雨にとっては命を懸けたに等しいおにごっこ。
捕まれば…ただではすまない。
そして、なんだなんだと時雨の悲鳴を聞きつけた男娼たちがわらわらと集まってくる。

「はいはいー 並んで並んでー」
「おやつですよぉ」
双子が集まってきた幼年組に時雨のお菓子を配っていく。

「おら 待てって言ってるだろ」
引きずる咲也をひょいっと片手でぶら下げるように腕を持ち上げ。

「ちょ…勝手に配るなあー!」
と、春陽と秋月に抗議しながら、逃げる逃げる。
柚槻はまさにターミネーターのように追いかけ、ぶら下がる咲也も涙目になりながら事の顛末を眺めるだけ。
バタバタと走りまわるうちに、時雨はバテて、たどり着いた先はもといた時雨の部屋。
「はあ…はあ…ご、ごめんなさい…」

「ったく 手間かけさせやがって」
ぶら下げていた咲也を時雨の部屋のソファにポイっと座らせ、改めて指をポキポキ鳴らしながら時雨に近寄り。
「全然痩せねぇと思ったらあんなに大量に甘いもの隠れて食ってやがったのか?」
ぐいっと時雨を抱えて
「ぶっとばーす!」
と、背負投でベッドに放り投げる。

「ひ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
迫り来る柚槻になんとか命乞いを敢行するも、時すでに遅し。
体がふわりと浮いたと思えば
「ぎにゃああああああぁぁ!」
物凄い速度でベッドに叩きつけられ、バウンドする。

「すごいねー秋月。人間ってあんなに飛ぶんだね。」
「うん、ベッドのうえで1mくらい跳ねたねぇ」
と、柚槻の馬鹿力をふむふむと観察する双子。

おおおーっとドアからお菓子を食べながら様子を覗いていた男娼たちから歓声が上がる。

「うわー…」
柚槻の投げに慣れている咲也は苦笑い。

柚槻は投げ飛ばした時雨に近寄り引っ張りあげるとペロンとシャツをまくり上げる。
「ほーら 皆から監視してもらうために披露しようか このポッコリを」
と、時雨のお腹を観衆に見せるように立たせる。

投げ飛ばされた衝撃で目を回し、フラフラの時雨が公衆の面前にたたされて、ぽっこりお腹を晒される。
「いやああっ!離してぇっ、養子に行けないっ」
と、意味不明なことを喚きながら、今度は本気で泣きべそをかき始める

「かわいいけど」
「ちょっとヤバイよー時雨」
と、皆から笑いが漏れる。
「うーん バイキング形式で食べ過ぎてるのかねぇ 時雨だけは定食にしようか?」
「そうですねぇ」
騒ぎを聞きつけたのか旦那と女将までが双子に配られたポッキーを食べながら時雨を観察している。

「お 旦那様 女将さん いいところへ 是非そうしてください」
柚槻が定食案に賛成する。
「ったく あんなに大量にどこから仕入れて溜め込んでたんだ?」
双子が配り終わって空になった押入れ収納ストッカーを覗き。

「助けてくださいよーっ!あと定食はやだー!」
いつの間にか現れた旦那と女将に必死に訴えかける時雨。
必死に体を動かすが、スタミナが切れておとなしくなる。
ぐったりと柚槻の胸元でハアハアと息を切らせる。

「運動は俺と咲也がやりますんで 食事制限お願いします」
と、重ねてお願いして、息切れしている時雨のおなかをプニプニつまんで
「時雨におやつを与えないように」
と、男娼たちに忠告する

いよいよ進退極まり、全ての男娼からの監視下に置かれ、食事制限という枷もつけられた。
「ううー…」
咲也助けて、と悲哀の目で咲也の方を見つめる時雨。

「柚ちゃん… カロリー計算した手作りおやつなら…いい?」
なんとか規制緩和をもとめてみる咲也。

ぶんぶんと首を振って肯定的し、時雨は柚槻の方を見つめる。
この際どうでもいいからお菓子規制だけはなんとか回避しなければならない。

「ったく手前は時雨には甘いんだから。
 それ許すなら運動量2倍だ。どっちがいい?」
ムニムニとほっぺたをつまみなだら時雨に視線を落とす柚槻。

「カロリー控えめだから…運動量そのままって訳には…」と妥協案を提示する。

「あちゃー、時雨それを言っちゃー」
「お仕舞いだよぉ?」
と、双子が眺めながらくすくすと小声で話す。

「ダメだ 今までの運動で全く減らなかったんだから2倍だ」
ピシャリと言いきる柚槻。
「あとカロリー計算したおやつなら
 それに生クリームだのシロップだの追加禁止。
 咲也のつくったまま食うこと」

「やだやだやだやだやだー!」
子供がだだをこねるように、再びごねまくる。
まるで、ドラッグの中毒者のような狂いっぷりである。
「あー、柚槻ー時雨が準備体操してるよー?」
「時雨ってば、張り切っちゃってぇ」
バタバタしている時雨を見て、意地悪そうに柚槻に一言かける双子。
「ちょ… 違うちがーう!」

時雨を背後から腕を掴んで持ち上げバタバタ動くのを利用して関節や筋肉をほぐしていく。
「おらおら 走り回ったし 準備運動はもういいから またプール行くかぁ 運動後の甘いものは美味いだろうなぁ んー?」
時雨を肩に担いでプールに向かいながら 咲也にカロリー計算したおやつを作っとけと目で合図を送り部屋を出ていく。

「いびゃああああぁあああ!」柚槻に連れ去られ時雨の断末魔がこだまする。



これから時雨は柚槻が組み立てた鬼のようなメニューをこなすことになるのだろう。
咲也や双子、旦那をはじめとして、男娼たちが静かに合掌する。




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