第二十九話
「ラブゲーム」
夜もめっきり冷え込み、木枯らしが吹き始めるようになった。
まだまだ明けぬ寒い夜空に包まれる中、時雨は最後のお客様を見送っていた。
今日も今日とて何人ものお客様に抱かれ犯されて、汗や精液で汚れた身体。
時雨にとっては、全く気にするようなことではなく、むしろ『淫乱』という自分の肩書きを体現しているようで何とはなしに満足なのだ。
――しかし時雨はため息をつきながら、踵を返しシャワールームへと向かう。
『物足りない』
時雨の心に去来するは、行為に満足できないでいる『ふがいなさ』に似た気持ちだった。
時雨は自身が淫乱であることにいつの間にかある種の矜持を持つようになっていた。
淫乱であるからこそどんな相手でも『気持ちいい』と思える。
時雨はそう信じていた。
だが、違う。
明らかに『物足りない』
確かに気持ちいいのだが、一条様や咲也に抱かれている時に比べれば、それは明らかに違っていた。
「これは……まずいんじゃないのかな」
思わず独り言をもらしため息をつく時雨。
もやもやは晴れないまま、更衣室でベタつくシャツを脱ぐ。
時雨と入れ違いになる形で咲也がシャワールームから出て来る。
濡れた髪をタオルでこすりながら時雨を目にすれば疲れも見せずに無邪気に微笑む。
「お疲れ様 時雨」
常套句の挨拶をしてみるがなんだか本当に『お疲れモード』の時雨に気がつく。
「どうしたの…? 何かあった?」
心配するように時雨の顔を覗き込む。
「あ、ああ咲也、お疲れ様」
ぶつぶつと考え事をしているうちに、ふいに後ろから咲也の声。
時雨は少しびくつくも取り繕い咲也に笑みを返すがぎこちない。
咲也となら満足できる。
だがそれではいけないような気がして、余計にしょんぼりしてしまう。
「ああ…ちょっとね
ちょっと疲れてるみたいだよ」
だが『他のお客様は満足できない』なんて言えるわけもない。
「そうだね… 最近 時雨 忙しいもんね…」
連日指名客が来てしばらく二人で夜を過ごすことがなかった。
「時雨 今日はもうあがり?」
『あがりならこの後一緒に居たいな』
と、いう意を込めて聞いてみる。
仕事終わりには、咲也と共に過ごすのがお決まりになっているのだが
「ごめん、ちょっと今日は疲れてるから
…ごめんね」
そう咲也に告げる。
そういう時こそ時雨はいつも咲也に甘えているのが、今日ばかりは気が乗らない。
「ん… ゆっくり休んでね…」
少し淋しそうに微笑んで。
キョロっと周囲を見回して人がいないことを確認すると
「おやすみなさい時雨 ちゅ」
時雨の頬にキスをする。
「ん…ありがと」
時雨ははにかんで、シャワールームへと足を運ぶ。
咲也がずっと心配そうに見ていたが、振り返ることはしなかった。
シャワーを浴びて身体を清め、身体はさっぱりしたが、どうにも気分は晴れない。
隠しておいたお菓子でも食べて寝よう、と考えながらゆったりと自分の部屋へと向かう。
時雨をシャワールームに見送ってから更衣室を出る。
ふと思い立ってそのまま台所に向かう。
「疲れてる時の甘いものくらい…
柚ちゃんも許してくれるよね…」
そう独り言を呟きながら冷蔵庫から材料を取り出しお菓子を作り始める咲也。
時雨の部屋の前まで来ると
「時雨せんぱーい、おつかれさまでーす。」
時雨は溌剌とした声のする方を見やると、ひとりの男娼がぺこりと頭を下げて屈託のない笑顔を見せている。
時雨より頭半分ほど背があり、やや釣り目で、ふわりとやわらかそうな茶髪に前髪を青くメッシュで染めている。
時雨と同じようなシャツとズボンを着こんではいるが、ボタンを二つほど開けラフにしているようだ。
「ああ、お疲れ様、澪もだいぶ忙しかったみたいだね」
「いえいえ、時雨先輩に比べたらどうってことないですよ」
澪と呼ばれた男娼は、照れくさそうにやわらかそうな髪をかき撫でる。
澪は、時雨の半年ほど後に入ってきた男娼で、時雨の人気ぶりに憧れて、たびたび時雨と絡んでは色々と話をしてきた。
澪は時雨の表情を見るなり機敏に何かを感じ取り
「あーれー、なんか悩み事っていうか…
…しんどそうですね〜」
と、心配そうに首をかしげる。
「うん、まあその通りだね。さすが」
こくこくと頷き、ふうとため息をつく。
普段はマイペースで少々のハプニングでは崩れない時雨。
今もできる限りいつものように振舞っているのだが、澪の目は明らかに何かしらの『異常』があるように思えた。
「あのう…余計なお世話かもしんないですけど
…あんまり溜め込んだらお肌に悪いですよ?」
澪は時雨のそばに近寄り覗き込むように顔色をうかがう。
澪のアドバイスはもっともだと時雨は感じている。
だが打ち明けようにも、やはり咲也に『他のお客様とも気持ちよくなりたい、でも満足できない』だなんて言えるはずもない。
そもそも時雨という『商品』が劣化してしまっているのではないだろうかと懸念する始末である。
今日も満足いく行為ができなかったのと合わせて、澪の優しげな気遣いに時雨は
「ちょっと付き合って」
と、澪の手を掴み時雨の部屋に引き込む。
「うわ、ちょ……時雨先輩?」
いきなり部屋に引き込まれ焦りその場に立ち尽くす澪をよそ目に、ぽふんとベッドに腰掛ける。
「ねえ、僕の悩み聞いてくれない?」
そのまま横たわりまるで誘惑するような瞳で語りかける。
澪は状況がいまいち飲み込めていないが、時雨の注文にこくりと頷き
「僕にできることがあるならなんでも」
と、微笑んでみせる。
時雨は澪に手を伸ばし、指先でちょいちょいとこちらに来るように誘う。
澪もゆっくりと何を聞かされるのだろうかと、やや緊張した面持ちで時雨のもとへと歩み寄る。
時雨は突然澪を抱き寄せて、ごろんと二人ベッドに転がるようにして横たわる。
端から見れば、ラブラブのカップルが今まさに愛を育まんとしているようにも見える。
「澪、僕を抱いて…
それが僕の悩みに直結してるから」
まだ乾ききっていない時雨の髪がシーツをしっとりと濡らし、それと相まって時雨の青い瞳も欲情し潤んでいるようだ。
「わ…っと し 時雨先輩?」
いきなりの抱擁に戸惑い時雨の腕の中から時雨の顔を見つめる。
『抱いて』とせがまれてしまえば それはなんと甘美な誘惑だろうか。
妖しく潤む時雨の青い目に惹きつけられるように見つめ合う。
「遠慮はいらないよ
それに知ってるよ?
澪は僕とシたかったって…
顔に書いてあるもん」
澪へとかけられるそれは甘い誘惑。
柔らかな唇に、きめの細かい肌はこうして密着することでさらによく映えて見えることだろう。
「ね? 抱いて?」
「…っ」
口に出したことはないがずっと時雨とこうしてみたかったこと。
咲也に嫉妬していた自分を知られていてかぁっと赤くなる。
「…いいんですか?
食べちゃいますよ? …ちゅ」
まだ少し遠慮がちに柔らかな唇を奪う。
「どーぞ、召し上がれ、ちゅ…ん」
控えめな口付けはまだ澪が躊躇しているのだろう、時雨はこちらから深く噛みつくように舌を絡ませて澪を引きずり込んでいく。
「ちゅる…んは…それじゃ全然だよ?
もっと澪のテクニック見せてよ」
さらに煽るように挑戦的な言い方で澪を見つめる。
「ん… ちゅく ちゅ はぁ
時雨せんぱ… ちゅく」
一度触れてしまえば火が付いたように一気に身体が熱くなる。
時雨の挑発的なキスに応えるように深く口付け舌を絡ませる。
初めて触れる時雨の妖艶さに頭の芯が熱くなるような感覚。
時雨の言葉にも煽られるように激しく口付けていく。
「んああ…いいね、澪もっとだよ…
ぢゅ…ぢゅるる…ちゅぱ」
時雨もスイッチが入りはじめ澪の舌をご奉仕するようにいやらしく舐めとる。
シャワーから上がりまだ身体が火照り、自らシャツをのボタンを外していく。
見え隠れする鎖骨や胸の果実はいっそう蠱惑に見えるだろう。
「時雨せんぱい… ちゅ
…すっごいやらしいです ちゅ」
時雨がボタンを外していくシャツを胸に触るように手を差込肌蹴させていく。
唇を耳から首筋に移しなめらかな肌にむしゃぶリつくように舌を這わせていく。
「ん、淫乱だもん…ふあっ…そこ…はあっあ」
いやらしいと思われて当然、時雨は純粋な気持ちよさだけを追求しているのだから。
『淫乱』としてはごく自然なこと。
時雨は澪の舌使いに感じながら、身体をくねらせて矯声をあげる。
「ふ… ちゅぅ ちゅ… ぺろ」
時雨のシャツの前を全開にして胸の突起に吸い付き舌で転がす。
自分より一回り細い体を腰から背中に向かって撫で上げていく。
自分の愛撫でどんどん時雨の嬌声が高まっていくのに興奮を隠せない。
もっともっとと煽るように両方の乳首を甚振っていく。
徐々に澪のペースがあがっていくのを感じて、時雨もよりいっそう澪と距離を縮め興奮を分かち合う。
「んひゃああん! 乳首気持ちいいっ
…もっともっと」
ズボンの中で屹立が頭をもたげはじめるが、まだまだ時雨にとっては物足りない。
せつなげに澪の手をとり指先をペロペロと舐める。
「ん ちゅぅ… 時雨先輩… じゅる」
時雨の舌を指先で撫でてキスの代わりに舌を弄ぶ。
反対の手ですべすべとした時雨の肌を撫で回す。
体をゆっくりとずらし腹部や細いウエストにも舌を這わせていく。
「んやあっ…澪ぉ…ここ切ないよ…」
舌の感覚に身体をひくつかせながら、ズボン越しに屹立を自ら撫でて、腰を浮かして澪に押し当てるように屹立を主張する。
「はっ…気持ちよくなりたいようっ」
自然と発せられた声こそが時雨の思いそのもので。
「時雨先輩… すごい感じやすいんですね
こんなになってる…」
押し当てられた屹立の形を確かめるようにズボンの上から優しく撫でたりいきなり強く揉みしだいたりと強弱をつけて時雨の反応を愉しむ。
「やだ! いじわるしないで…
澪のも気持ちよくしてあげるからぁ…
はああっ」
中途半端な刺激は逆にせつなさを倍増させ、時雨は澪に懇願するように屹立の解放をねだる。
時雨の瞳はとろけて潤んでこぼれそうだ。
「ふふ… 時雨先輩 かーわいい」
ズボンから伸びる白い太ももに舌を這わせながらズボンを脱がせようと手を伸ばす。
ベルト通しに引っかかっていた何かが床に落ちてシャラ…カツンと軽い金属音がする。
「…? 何か落としましたよ 時雨先輩」
「ふぇ…っ、だい…じょうぶだから、気にしないで…早くっ」
それは誕生日にもらった大事な咲也とお揃いのペンダント。
ベッドから離れて取ろうにも、澪がズボンをずらして体勢に入ってしまえば、そのままなすがままにするしかなく、甘い声で澪に気を使わせないように声をかける。
一瞬咲也の慎ましい笑顔が頭をよぎるが、今は自分が自分であるために忘れていよう。
時雨は澪の頭を抱き寄せて、ただ悦楽に身を委ねる。
「…はい ちゅ ちゅぅ…」
時雨に頭を抱き寄せられれば目の前には震えて先走りを溢れさせる屹立。
優しく舐めるように吸い付く。
「ちゅる… 時雨先輩の…甘ぁい… くちゅ」
「はうっ…澪…いいっ…もっとだよ…はあんっ」
はりつめた屹立が澪の口内で柔らかに愛撫されれば、腰を浮かして快楽に身をよじらせて、深く沈んでいく。
だが足りない。
まだまだ、スパークするような、今にも飛びそうな感覚はまだ訪れない。
「ちゅく くぷ ちゅる」
卑猥な水音を立てながら屹立を深く咥え込む。
時雨ほどの売れっ子ではないがそれなりに場数を踏んでいる澪のフェラは咲也のものより技術的には巧いはずだが、なかなか時雨の屹立はイク寸前の膨張感を見せない。
澪も意地になって激しく時に優しく強弱をつけて屹立に愛撫をする。
澪の口淫は確かに上手いが、あと一歩他達するには足りなくて、自分で乳首や孔をいじり、欲求を少しでも満たそうとする時雨。
澪のペースも激しくなりようやく射精感が込み上げてくる。
「んぐ… ちゅ はぁ 時雨せんぱ… ちゅるる」
口内でひくひくと時雨の屹立が震えだし先走りの量が増える。
いつでも受け止められるように先端だけを咥えて竿を手で上下に扱いていく。
「いくっ…澪…いっちゃうよぉっ…」
ようやく達し、やや薄い精液をぴゅくぴゅくと澪の口内に漏らす。
時雨にとっては至福の一時であるが、やりきれない気だるさが身体に残る。
『まだ、足りない』
快楽を求めるせつなさに時雨は達したばかりだというのに、萎えかけた屹立を扱き、孔をくちゅくちゅといじる。
「んッ …ごくん ぷはっ」
時雨の白濁を飲み込み口を離すと時雨が自慰をする姿を眺める。
「時雨先輩 誘ってるんですか? 色っぽい…」
そう、誘っているんだよと心の中で呟く時雨。
「澪の…好きにして…食べてよ」
と、薄く笑い
「もしかして…もう食べきれないの?」
ほんのちょっと毒を含んだ言い方で澪を煽るように見つめ。
「そんな目で見つめないでください。
…やっと時雨先輩を抱けて嬉しいんですから。
ゆっくり味あわせて戴きますよ」
ぐいっと時雨の腰を持ち上げて時雨が自分でほぐした孔に屹立をあてがう。
「いい声… 聞かせて下さいね 時雨先輩…」
ズプ…っと時雨の中心に沈めていく。
―そう、そうだよ、そうこなくっちゃ
澪もまだまだ意気軒昂、萎える様子も有りはしない。
時雨のほぐされた孔には澪の欲望がゆったりと埋まっていく。
「ふあ…あ、やああああっ」
イイ、すごくイイ、でもなんでこんなにせつないのだろう、まだ足らないのか、そうだとすれば…本当に… どっぷりと身を落としながら心の中で、自問自答する時雨。
「くは…ッ 時雨先輩のナカ すごい…熱い… んぁ」
時雨の思いも知らず澪自身はやっと繋がった快感にゾクゾクと震え時雨の中で大きさと硬さを増す。
「…動きますよ?
『淫乱』な時雨先輩を見せてくださいね…」
パンパンと乾いた音を立て肌を打ち付けていく。
「あっ…あんっ、澪っ…澪っ」
相手を呼び掛けてみたり、自分で腰を振ってみたり、その動き一つ一つが、気持ちいい。
だけども届かない。
せつなさはやがて時雨の身を焦がし、狂わんばかりの欲求として時雨を駆り立てる。
澪の唇を奪い乳首を擦り付けあらゆる粘膜を駆使して澪と混じりあう。
「はぁッ 時雨せんぱ…っ んぁぁ すごい…」
時雨の動きに澪の方が身が持たないような快感を感じる。
「んん ちゅ くちゅ」
キスに応え、片腕で時雨の腰を抱いて腰を振りながら、片手で乳首を摘み引っ張る。
腸壁が擦られて、前立腺ががつがつと叩かれる。
時雨にとっては無上の喜びに違いはない。
痛みも快楽もいっしょくたに身体は呑み込んでいるのに、時雨は薄々感じ取っていた。
『ああ、多分これ以上先にはいけない』
澪に悟られないようにぎゅっと顔を埋めて、とにかく気持ちよくなれるように孔をひくつかせる。
――ごめん、澪…澪のおかげでちょっと分かった気がするよ。
「時雨せんぱ…ぃ くはぁ んん…ッ」
時雨の気持ちには気付かず無心に腰を打ち付け快感にぎゅっと目を閉じ時雨を感じる。
初めて感じる憧れの時雨の身体に痺れるような快感を感じながら
「ちゅ 時雨先輩… はぁ ちゅ」
全身で時雨を感じるように唇を重ねる。
「くあああっ…澪っ…いっぱいだしてっ
…僕…またいっちゃうからあっ」
肩で息をしながら汗で濡れる身体を澪に預けて、喘ぐ。
頭の片隅ではどこか冷静さがあり、イクその瞬間までも、やはり真っ白に真っ暗になるような満足感は訪れないまま
「んひゃあああっ…!」
薄い精液がほとばしり澪の洋服に染みていく。
「ふぁぁッ あぁ 時雨先輩ッ イク…ぅぅ」
時雨がイクのと同時に時雨の中に熱い白濁をたっぷりと注ぎ込む。
――――ガシャン
部屋の外で何かが割れる音がするが二人の耳には届かない。
「はぁはぁ… 時雨先輩… すごく気持ちよかったです」
ぎゅっと脱力する身体を抱きしめる。
時雨は糸が切れたように、パタリとベッドに身体を預けて、腕で目を隠しながら息を整える。
「はぁっ、ありがとう…澪
ちょっと気が楽になった」
時雨はそうは言ってみるものの
あとに残るものは満足出来なかったもどかしさと
澪を利用してしまったという罪悪感。
そして何より咲也のことがよぎったままで、しばらくはじっと動かないままだった。
「はぁ… 時雨先輩 ちゅ…」
乱れた呼吸を整えながら後戯をしていく。
ぎゅっと強く抱きしめてさらさらと時雨の髪を撫で耳や頬にキスを落とす。
初めて手に入れた憧れの時雨を愛おしく撫でていく。
澪は、時雨を大事に大事に髪を手入れし、離したくないと抱きついてくる。
時雨もすくっと起き上がり澪のふわりとした髪を透く。
「ありがとう…付き合わせちゃって…
もう遅いし、明日も仕事でしょ?
もうおやすみしよう」
と、澪の額にキスをする。
「はい… 離したくないですけど」
名残惜しそうにぎゅっと強く抱きしめてから時雨から離れ衣服の乱れを整える。
時雨は澪と同じく衣服を整え、澪を見送ろうとドアを開ける。
普段と何も変わらない光景だがふと廊下に何かを見つける。
――それがなにかわかった瞬間に時雨の背中に冷たいものが流れた。
顔は青ざめて冷や汗が吹き出すが、澪に悟られまいと必死に取り繕い、笑顔で手を振る。
「また何かあったら言ってくださいね?
おやすみなさい時雨先輩」
時雨の髪を撫でながら部屋から出る。
「…あれ? なにこれ?」
時雨の部屋の前の廊下がワックスのような白いもので汚れているのに気付く。
「あ…ああ、なんだろうね、これ。
仕方ないなあ…僕が掃除しとくからさ」
澪は気づいているのだろうか、恐らくこれは…
生クリームでこれを持ってくるような人物は一人だけ。
――咲也っ
「? じゃあ おやすみなさい時雨先輩」
時雨のおでこに軽く口付け爽やかに微笑み手を振って自分の部屋の方向に廊下を去っていく澪。
澪を見送って、姿が消えるのと同時に、時雨は咲也の部屋へと走り出す。
身体もまだ精液や汗で濡れたまま。
咲也に勘違いをさせた、いやこれはどう転んでも自分の過失に他ならない。
一時の気の迷いがまさかこうなるとは。
時雨は走る。
まだ夜は明けず、冷たい夜風が小さく吹くだけ。
第二十八話を読む
第三十話を読む
目次に戻る
TOPに戻る
感想BBS