番外編 第六話 「別」

番外編 第六話
「別」




中学の入学式が終わって数日のことだった。
山奥の遅咲きの桜の下で初々しい学ラン姿の僕としーちゃんとお爺ちゃんが三人並んで撮した写真がお爺ちゃんの遺影になった…

お通夜もお葬式も村のおじさんおばさんが手伝ってくれて、僕達は『最期のお別れをしなさい』と言われお婆ちゃんと一緒にずっとお爺ちゃんの穏やかな『寝顔』を見つめているだけだった。

お婆ちゃんが泣くと僕もつられて涙をこぼし、葬儀では泣かないでいられるように今のうちに泣いておくんだっと自分に言い聞かせてた。

一人、しーちゃんだけが泣かずに僕とお婆ちゃんを慰めてくれてた。
そして時折イライラしたように外を見て参列者の中に居るべき人の姿を探していた。

「…しーちゃん どうしたの?」
お婆ちゃんと二人きりにしてあげようとしーちゃんと外に出てキョロキョロ辺りを見渡してるしーちゃんに尋ねる。

「……なんで… 来てないんだよ…っ」
しーちゃんの言葉に会場がシン…とする。
「お爺ちゃんの… 自分の親の葬式なのにっ なんで来てないんだよっ」
「しーちゃん…」
しーちゃんのイライラの理由がわかって止めようとしたが手遅れだった。
「そんなに世間体が大事なの? それとも 自分たちを追い出した この村には帰ってこれないってこと?」
手伝いをしてくれていたおじさんたちも参列者の人たちも気まずそうに俯いてしまう。

「皆… 皆 知ってるんだろっ? お父さんとお母さんを追い出したんだから! 僕が出来ちゃった時にッ!!」
「しーちゃん やめて…」
僕が止めても手を振り払われてしまう。

「お父さんとお母さんが兄妹だってっ! 僕達のこと穢物みたいに見てるくせにっ!」

しーちゃんの怒号はお父さんお母さんが来ないことに加え村中がそんな僕達を避けていたくせに葬式とかこんな時だけ親切顔で寄り集まってくることに対してもイラついていた。

「しーちゃん… 落ち着いて」
必死に止めて会場から遠ざかるように、しーちゃんの腕を取って引っ張る。

「さっちゃん まさか知らせてないわけじゃないよね?」
しーちゃんの言葉に会場がざわつく。
「…しーちゃん もうお父さんもお母さんも来てるよ…」
「どこに!?」
「……」
僕は沈黙するしかなかったが、お通夜の振る舞い酒で酔ったおじさんが口を滑らせる。
「まさか時雨君は知らんのかね?」
お通夜の席じゃなかったら投げ飛ばしたくなる衝動を抑えてキッとおじさんを睨み。

「しーちゃん 大事な話があるから… 一緒に来て…」
これ以上会場で騒ぎが大きくなるのはお爺ちゃんを見送るための式なのに台無しになってしまうと思いしーちゃんを連れ出す。

懐中電灯を片手に家よりもっと山奥の明日のお葬式の後お爺ちゃんが埋葬されることになる『織原』の墓地に向かう。

道すがら話すことでもないので目的の場所に着くまで無言で歩いて。

「…こんなとこまで来なきゃ話せない『大事な話』って何…?」
お墓には明日の埋葬の準備で雑草を切ったりして掃除してくれている村の青年団の人が居た。
お願いしてお墓の下に入る岩戸を開けてもらう。

「地下になってるから… 足元気をつけて…」
懐中電灯で中を照らすと『織原』の先祖代々の墓標が並んでいる。

僕はお爺ちゃんに一度連れてきてもらったことがあるが初めて中に入ったしーちゃんはその薄気味悪い雰囲気に負けたのか珍しく僕の手をギュッと握ってくる。
手を握り返しゆっくり奥に入る。

「こっちの列が代々の『当主』だった人のお墓」
壁際に一段高く葬られている墓標を懐中電灯で指し示す。
「この一番新しいところにお爺ちゃんが入るんだって」
そこからぐるっと懐中電灯を広々とした広場のような方向を照らす。
「お婆ちゃんとか 『当主』以外の人はこっちなんだって お爺ちゃんがね 『婆さんと並んで入れんから淋しいのう』って言ってた…」

しーちゃんは無言で僕に手を引かれながら歩いてくる。
代々の夫人と『当主』を継がなかった子供たちの墓標を一番端まで照らしながら奥へ進む。
「お婆ちゃんはここに入るんだって」
先祖代々の末席を懐中電灯で照らす。
「でね…」
ここからが大事な話…っと一呼吸おいて。

お婆ちゃんが入る予定の場所の2つ隣を懐中電灯で照らす。
まだ真新しいその墓標には数年前の日付と見覚えのある名前…
一部戒名になっているそれが、お父さんの名前だと気づくのに時間は要らなかった。

「…なん…で…?」
ガクンとお父さんの墓標の前で膝を折りその隣がお母さんの名前であることにも気づく。

「嘘だ… なんで…」
なんで僕だけ知らなかったの? と、この静かな場所じゃなければ聞き取れないようなか細い声でしーちゃんが問う。

「何度も…話そうと思ったんだけど…しーちゃん聞いてくれなかった…」
お父さんとお母さんのことを話そうとすると
『聞きたくない 知りたくない 知らなければイラつかずに済むから』
と、何度もさっちゃんの言葉を遮ってきたことを思い出す。

「無理やり話したら… きっと しーちゃん もっと お父さんとお母さんを嫌っちゃうと思って… 言えなかったの… ごめんなさい」
今まで話せなかったことを謝る。

「はは… もう死んでるんじゃ これ以上嫌いにはなれないね…」
後悔しているのだろう、自嘲気味にしーちゃんが笑う。

「お母さんがね… 僕達が仲良くしてるの見ると お父さんと子供の頃から 仲良くしてたの思い出しちゃって 自分たちも兄妹なのに その子供の僕達まで 同じ過ちを繰り返してるみたいで 嫌だったんだって…」
お母さんの予想通り今の僕達はそういう関係になっていて…

「昔は『織原』同士の血族婚が当たり前だったんだって お父さんとお母さんも生まれてくる時代が違ったら 祝福されて幸せだったはずなんだって…」
お爺ちゃんから聞いた話とお母さんが話してくれたことを総合しながらしーちゃんに話していく。

全部話し終わる頃には僕もしーちゃんもボロボロ泣いていた。
「お父さんもお母さんもお爺ちゃんも… 僕たち二人が最後まで仲良くできるようにって 色々してくれた… その結果なんだよ…」

「お父さんとお母さんは… 自分たちを追い出したこの村に 帰ってこようと…してたんだ… また家族四人で一緒に暮らしましょうねって… 最後の電話で…お母さんが笑ってた… でも 村に来る途中の山道で…事故で…」
「……っ」
言葉につまる僕をしーちゃんがぎゅっと抱きしめる。
そのまましばらくまた二人で泣いてた。

「咲也くーん? 大丈夫?」
流石に長居しすぎたのか岩戸を開けてくれた青年団の人が心配そうに入口から呼びかけてくる。
「はい 今 出ます」
そう答えてしーちゃんと二人で涙を拭って。
「明日はここには入れないから… 今のうちにちゃんとお別れ…して?」
しーちゃんと二人でお父さんとお母さんの墓標に手を合わせる。
「お父さん… お母さん… 僕はしーちゃんが居るから大丈夫だからね…」
「お父さんお母さん… 今日まで何も知らなくて… 知らずにさっちゃんだけを苦しめてた… ごめんなさい…」
二人それぞれお別れをして、また手を繋いで地上に戻る。

家に戻るとお通夜はとっくに終わっているの二人で出掛けた事を心配したのか、お婆ちゃんや村の皆が待っていた。
お墓に行ってお父さんとお母さんに会ってきた事を報告したらお婆ちゃんが両腕で僕達をぎゅっと抱いてくれた。

「なんかお婆ちゃんに抱っこされるの 久しぶりだなぁ」
もう涙は出ないかと思うほど泣いてきたのにまたじわっと目頭が熱くなってしまう。
「二人ともあんなに小さかったのに… しーちゃんもさっちゃんも こんなに大きくなって…しっかりして… お婆ちゃんもお爺ちゃんも お父さんとお母さんに 『二人はちゃんといい子に育ったわよ』って自慢できるわ…」
「やめてよ お婆ちゃんまで 居なくなっちゃうようなこと言わないで…」
人前で泣くことなんてないと思っていたしーちゃんも泣き崩れる。
「お婆ちゃん… 今まで何も知らなくて… お爺ちゃんとお婆ちゃんを困らせてきたよね… ごめんなさい… ごめんなさい…」
俯くしーちゃんをお婆ちゃんはお爺ちゃんがいつもしてくれたみたいに髪を撫でながら『いい子 いい子』と泣き止むおまじないのように優しく撫で続けてくれた。





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