番外編 第一話
「出会い」




「あっ …ん…」
鬱蒼とした森の中に佇む古い館。
月明かりの差し込む部屋で少年は快感に身を震わせながら喘ぎ声をこぼす。
「あぁぁっ ルドルフ様 い…っ イっちゃ… ああぁぁっああ…ッ」
ビクンと背を反らし絶頂を迎える。
「はぁ は… ルドルフ様…」
自分を抱いていた相手を快感の余韻の残る潤んだ瞳で見つめる。
「ルドルフ様 僕にキスを…」
首筋にヒヤリとした無機質な感触…
一瞬目を見開くがすぐに天使のような幸せに満ちた表情を浮かべる。
「…ルドルフ様…」

「―――…咲也 咲也」
優しく自分を呼びながら髪を撫でる感触に情事の後の脱力感で眠っていた咲也が目を覚ます。
「ん…
 kommen Sie zurück? Mr.
 (ミスター お帰りになりますか?)」
流暢なドイツ語で話しかける。
「ああ 午前の便で本国に戻るのでね」
咲也が寝ている間に温泉から上がってバスローブ姿の紳士がドイツ語で答える。
「次の来日はいつ頃ですか?」
紳士が情事の前に脱ぎ捨てた高級そうなシャツに腕を通すと咲也がボタンを閉めていく。
「どうやら夏は向こうで越しそうだ」
咲也にネクタイを締めてもらいながら咲也の髪を優しく撫でる。
「しばらくお会いできませんね」
これまた高級そうなスーツを紳士に羽織らせ彼の靴紐を結ぶ咲也。
「君の誕生日は8月だったね
 少し早いがプレゼントを受け取ってくれるかい?」
「もちろんですミスター 嬉しいです」
紳士の首に抱きついて喜ぶ咲也。
「ジークフリード」
紳士が部屋の前で待たせていた従者に声をかける。
カラリと障子が開けられペットを運ぶケージが差し入れられる。
「開けてごらん」
紳士に促されてケージを開けると真っ白な子犬が顔を出す。
「うわぁ 真っ白 ちっちゃい ふわふわー」
そーっと抱き上げて腕の中に抱きとめる。
ぬいぐるみのような子犬が確かに生きているぬくもりとパタパタと動く尻尾が何とも愛らしい。
「あん」
子犬らしい可愛い鳴き声。
「かわいいー」
きゅーっと抱きしめ頬を寄せるとペロリと子犬が咲也の頬を舐める。
「気に入ってくれたかい?」
「はいっ ありがとうございます ミスター」
紳士が満足そうに微笑んで子犬を抱いている咲也を包むように抱きしめる。
「この子も君を気に入ったようだ
 次に会う時はこの子の素敵な名前を教えておくれ」
「はいっ ミスター」

「ありがとうございましたミスター お気を付けて」
玄関で子犬を片腕に抱いたままミスターに手を振り見送る咲也に黒い帽子を被ったジークフリードさんがペコリと頭を下げて主人の後を着いて行く。
そんな咲也にロビーに居た旦那と女将、他の男娼たちが取り巻いている。
目線はもちろん咲也の抱いている子犬。
シーンと沈黙が支配する。
「………」
咲也はその状況に冷や汗を流す。

「分かってます お部屋がペット禁止なんて
 でもでもでも…
 ちゃんと世話します!
 絶対吠えないように躾します!
 裏の渓谷でいいんでおいてやってください!
 お願いします!」
両腕で子犬を抱きながら旦那に訴える咲也も子犬のような目で旦那を見上げている。
「ミスターに頂いたのかい?」
ふぅーっとため息を吐いてからロビーを見渡すと他の男娼たちまで目で『飼って飼って』と訴えているように見える。
根負けした旦那が咲也の頭をポンポンと軽く叩く。
「仕方ない… この子だけだぞ? 他の皆はペットを飼いたいなんて言い出さないように」
ロビーに集まっている男娼たちが一同に頷く。
「絶対吠えないように躾けること いいね?」
「はいっ」
「あんっ」
嬉しそうな咲也の返事と子犬の鳴き声が重なる。
その瞬間。
ジョーーーー…
「………」
咲也は嬉しそうな笑顔のまま固まる。
「嬉ションした!」
「嬉ションだ!」
ロビーがどっと笑い声に包まれる。
「コラー! 咲也! 早く掃除しなさい!」
「きゃあっ 絨毯がっ」
旦那の怒声と女将の悲鳴にさらに男娼たちが大笑いする。
「すすすすみませんーーーっ」
慌てて掃除用具室に向かおうとする咲也は横に立っていた時雨に声をかける。
「時雨 犬 大丈夫?」
「うん」
「この子預かってて」
「ん」
時雨が咲也の腕の中からひょいと子犬を抱き上げる。
「ありがとっ」
咲也が急いでロビーから飛び出し廊下を走り出した時。
「お父さん」
という言葉が咲也の背後でした。
『…え…』
嫌な予感が頭をよぎるが振り返る暇はない。
急い掃除具用具室から水の入ったバケツと雑巾を数枚持ってロビーに向かうと
「お父さん」
「あん」
「お父さん」
「あん」
「お父さん」
「あん」
と連呼する声が廊下まで聞こえてくる。
『待って 待って 待って…っ』
いつもお行儀の良い咲也でもこの時ばかりは慌てて勢いよくバーンとロビーの扉を開ける。
「待ってーーーッ」
と、叫ぶ咲也の声は満場一致で
「お父さん!!」
と、皆が声を揃える声にかき消された。
「あん!」
時雨の腕で高い高いをするように掲げられた子犬が嬉しそうに鳴き尻尾をブンブンと振っている姿に咲也はその場でガックリとうなだれる。
「おー 名前 決まったな」
ロビーの壁に寄りかかっていた柚槻が咲也の頭をワシャワシャと撫でる。
「白い柴犬の名前は『お父さん』でしょー」
「どう見てもそれしかないよねぇ」
春陽と秋月がニヤニヤ笑いながロビーの風景を眺めながら言う。
「コラー 咲也 つっ立ってないで早く掃除しなさい!」
旦那の声にトボトボと汚れたカーッペトに向かう咲也。

今の子犬には大きすぎる成犬になればちょうど良くなろう真新しい木の香りのする犬小屋には『お父さん』と旦那の堂々とした文字。
地面に置かれたエサ入れには女将の流れるような文字で『お父さん』と書かれている。
裏の渓谷でそれらの前にしゃがみながらじっと子犬と睨めっこしている咲也。
子犬の目は
『お父さんって呼んで』
と、言っているように見える。
「…本当に『お父さん』でいいの…?」
「あん」
嬉しそうにパタパタと地面を叩くように振られる尻尾。
「…だって… だって… お前…」
ピンと伸ばされた子犬の前足を持ち上げビローンと子犬の白いお腹を晒させる。
「…女の子…なのに…」
「あん」
ヨヨヨヨと泣き崩れる咲也の姿がそこにあった。

のちに時雨はこう語る。
「最初に『お父さん』って一声あげたの誰ーーーっ!!」
と、怒り狂う咲也程恐ろしい咲也を見たことが無い…と。




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