第八話

「好きの理由」




遊郭の定休日。
実家やパトロンの元に向かう男娼達に紛れて
麓の寂れた駅へと向かうバスに30分程揺られる時雨と咲也
周りには秘密の仲なのでバスの中では
隣り合って座るだけで会話はせずに居る。
バスが駅に着くと男娼達を見送って駅前のスーパーに向かう。

「『クレープミックス』売ってるかな…」
卵や牛乳を取ってカゴに入れ
『製菓コーナー』と書かれた陳列棚へ向かう咲也。

先日約束してたクレープを
給金日の今日作ってくれるということで
その買い出しに付いて行くことにした時雨。
買い物カゴに卵や牛乳を入れながら
店内を歩き回る咲也に付いて歩いて
『製菓コーナー』のすぐ側には『お菓子コーナー』があり
そっちの方をチラチラと見ている。

「あった… あとはチョコソースと…」
『クレープミックス』の箱と
チョコソースを取ってカゴに入れ
時雨の方を見る。
「時雨…クレープに入れたいもの あったら言ってね?
 あ 生クリーム取ってくるの忘れちゃった ちょとココで待ってて」
時雨の足元にカゴを置いて、パタパタと『乳製品コーナー』に戻る。

クレープ作りに張り切っている咲也を見て、なんだか笑みがこぼれて
取り残されたカゴを持って、『お菓子コーナー』に行って…
「入れたいもの…って言われてもね… 何を入れたらいいんだろ?」
うーんと首を傾げつつ、とりあえずチョコのお菓子をカゴに入れて。

遊郭の外に出るのは久し振りで
服も今日は時雨のシャツと半ズボンを借りている。
生クリームのパックを持って戻ってくる。
時雨に預けたカゴの中身を見て。
「チョコ好きなの? ポッキーとか刺しても美味しいよ?
 あとは…フルーツだね」
『青果コーナー』でバナナやイチゴをカゴに入れ
『缶詰コーナー』で黄桃やみかんの缶詰を取る。

「咲也〜、何入れたらいいんだろ?」
カゴを片手に首を傾げたまんま、立ち尽くす時雨。
スーパーに行くこと自体あまり経験のない時雨は
うーんと考えながらキョロキョロと辺りを見回して。

「あ プリンも美味しいんだよー」
スーパーの中を一巡し『乳製品コーナー』に戻る頃には
カゴは咲也の選んだ材料でいっぱいになっていた。
「こんなもの…かな?」
カゴの中身を確認しレジに向かいながら。
「時雨 嫌いなもの入ってないよね?」
と確認を取る。

「うわ… 美味しそ…」
カゴにいっぱい詰め込まれた甘味に思わず唾を飲んで。
「うん…辛いのさえなかったらなんでもいいよ?」
レジに向かう咲也についていきながら答える。

「そか よかった…」
レジで精算を済ませビニール袋に品物を詰め込んで。
「バス…しばらく無いから 歩いて帰ろう?」
片手にビニール袋を1つずつ持って車の通りの少ない
田舎道を手を繋いで歩いて帰る。
「いい天気だね…」
なんとなく会話に詰まって。

郊外のバスは数時間に1、2本しかやってこないために
歩いて帰る方が早いと判断して二人のんびりと田舎道を歩く。
「ほんとだ…雲一つないや」
吸い込まれそうな青空を見上げてポツリと呟いて。

「いつもだとまだ寝てる時間だもんね… 眠くない?」
朝まで仕事をして昼過ぎまで寝ているのが日常になっているので
こんな午前の空は久し振りで清々しい。

「うーん、全然? こう散歩するのもいいもんだね…」
うーんと背伸びをして、気持ちよさそうにする。
「休日もずっと寝てるから、あんまり健康に良くないのかな…」

「なら良かった」
にこっと微笑み。
「まだ桜 散ってないね…」
山肌に点々と咲いている桜の木を遠くに見ながら。
「でも この間 時雨と見た桜が… 一番綺麗だったかな…」

山を見れば青々と葉が生い茂る中に
ピンク色の木々がポツポツとあって
風に吹かれてその花びらを散らせていて。
「うん、確かに綺麗だったね。
 桜があんなに綺麗だとは思いもしなかったなあ…」

「着物姿の時雨も… 綺麗だった…よ…」
思い出してはにかみながら繋いだ手にきゅっと力を込めて。

きゅぅと握る咲也の手をそのぬくもりを感じながら…
「ねぇ… 咲也… どうして僕のこと好きなの?」
ポツリと何気なく聞いてみて。

「え…」
突然の問いになんと答えていいか俯いて
しばらく言葉でどう表現すればいいのか考えながら歩を進める。
「…時雨は 一目惚れって… 信じる…?」

しばらく押し黙る咲也の返答を歩きながら待って…
「一目惚れ…? それって信じるものなのかな…?」
首を傾げて。
「うーん、一目惚れしたことないから わからないけど…」

「ん… 僕はね…男娼になるの… すごく怖かった
 でも初めて時雨に触れられた時…
 全然怖くなくて… むしろ嬉しかった…
 初めての相手が時雨で… 良かった…って」
ポツリポツリといつも以上に言葉を探すようにゆっくり話していく。

「ほんとに…そう思ってるの?
 咲也の純潔を奪っておいて
 二度と『普通』ではいられない身体にしておいて?」
むしろ恨まれてもいいくらいなのに
本当に心から感謝しているように語る咲也に確認して。

「…そんな風に思ったこと…ないよ?
 もし僕の『教育係』が… 時雨じゃなかったら…
 分からないけど… 今はこうして…時雨と
 一緒に居られるだけで 嬉しい…し…」
時雨の厳しい口調に怒らせてしまったかなっと
不安になりながらも思っていることを素直に言う。

「そっか…」
咲也は嘘をつくような子ではないし
今言っている事は本心なのだろう。
咲也は時雨を好いている。
愛してるとまで言ってくれた。それでも…
「僕には… 『好き』っていう気持ちが 良く分からないんだ…」
人を『好き』になる。
それは気持ち良くしてくれるから好き?
自分の都合に合わせてくれるから好き?
どうしてもわからなくて。

「…僕の母さまがね…
 『一番好き』なのは父さまなんだ…って
 だから僕のことは『二番目』なんだって… 言ってたの…。
 その時はショックだったけど …母さまが
 『咲也にも好きな人ができたら分かる』 って…。
  時雨に逢った時にそれを思い出して…
 『ああ この人のことが 一番好きなんだ』
 って…思って… 僕の片想いでも全然気にしないから…
 時雨に嫌われなければ… 今のままでいい…から…」
繋いだ手を離さないようにきゅっと握る。

静かに語る咲也の言葉に耳を傾けながらテクテクと歩く。
「そうなんだ… 僕が咲也の『一番』か…」
とてもそれに応えられそうにないやと苦笑して。
「多分… 嫌いになんかならないと思う…
 少なくとも。 咲也と喋ってると
 なんか普段人に言わないことも
 つい喋っちゃったりするから… なんでだろ」
咲也の手を握り返して。

「ん…それだけでもいいよ… 高望みはしない…から…」
握り返してくれた手のぬくもりに微笑む。
そのまましばらく歩くと遊郭に帰り着く。
「じゃあ クレープ作るね」
ビニール袋の中身を台所に広げて。

健気に笑う咲也にこちらも何故だかこちらも笑みがもれて
何気ない話をしているうちに遊廓に辿り着いて。
「うん、楽しみ」
目の前に並べられた食材に目配せして。
「何か手伝うことあったら… 言って」

「ん… じゃあ バナナとかイチゴを切ったり お願いしようかな」
『クレープミックス』で生地を作るためのボウルと
生クリームを泡立てるためのボウルを用意しながら

「おっけー」
まな板を台所から持ってきて
バナナの皮を剥いたりイチゴのヘタを取って…
「どう切ったらいいんだろう…」
しばらく悩んで、まあいいやと適当に切りはじめて
「うーん、変な形…」

生クリームを泡だて器で
カシャカシャ泡だてながら時雨の横に来て。
「イチゴは縦に半分にして
 バナナは斜めの輪切りにしてね」
くすっと笑いながら切り方を指示すると
変な形になっているバナナをぱくっとつまみ食いして。

「ん、分かった」
もう一つバナナをまな板に乗せて輪切りにしてお皿に乗せて。
「料理するの初めてだから… よくわからないから…
 邪魔だったりする?」
ちょっぴり不安そうに咲也を見て。

「え そうなんだ? ううん 全然邪魔じゃないよ
 時雨も楽しんでくれたら嬉しいな」
不安そうに見つめる時雨に『大丈夫』っと髪を撫でて。
「生クリーム このくらいの甘さでいいかな? もっとお砂糖入れる?」
指ですくって時雨に味見させるように唇に向ける。

「ほんと?ありがと…」
頭を撫でられて、えへへと照れ笑い。
普段クールな時雨もこの時ばかりは
童心に帰りクレープ作りを楽しんで
「ん… ペロ… もうちょっと甘い方がいい…」
甘いもの好きな時雨はもっと甘い生クリームが欲しいようで。

「ん… わかった」
時雨は本当に甘党だなぁと微笑みながら
台所に戻り砂糖を追加する。
生クリームを絞り袋に詰めて冷蔵庫で冷やしておいて。
次は『クレープミックス』の箱を開け
表示された分量の卵と牛乳を加え生地にしていく。
「結構な枚数作れそう…」
余ったらミルクレープにでもするか
と思いながらフライパンに生地を落とし円形に焼きあげていく。
バニラの香ばしい香りが台所に満たされる。

フライパンで器用にクレープを作っていく咲也の隣で
じっと焼けていくクレープを見つめる時雨。
おやつを作る母親と、それを眺める子供のようで。
「咲也は、器用なんだね? 色々知ってるし…」
先ほど変な形に切ったバナナを食べながら。

「え…? そうかな…」
薄く伸ばしたクレープを破れないように
そっと竹串で持ち上げ裏返して焼きながら
「母さまが病気がちだったから…かな?
 自分のご飯もだけど 母さまにちゃんと食べて欲しかったから…
 この間風邪引いてた時雨にしてたみたいに 看病してたの…」
両面を綺麗に焼き上げたクレープをお皿に乗せて。
「はい 真ん中から折り曲げて丸めるから
 こっから上にバナナとかチョコソースで 盛りつけてみて」
焼きたてのクレープに合うシンプルな組み合わせで
時雨に練習してもらう。

「そっか… 母さんね…」
『母さま』という言葉に、一瞬あの光景が蘇る。
ほんの少しだけ顔を強ばらせてしまうが
咲也に気づかれないようにぷいと顔を背けて…
少し落ち着いたらクレープを受け取って。
「おっけー」
お皿の上のクレープとにらめっこしながら
バナナやイチゴを盛り付けて…
生クリームをこんもりと盛り付けて。

2枚目のクレープを焼きながら時雨の様子を見れば
「うわ… 時雨 そんなに乗せたら
 丸められないよー… まだ枚数あるんだから…
 いっぺんに食べようとしなくて いいんだからね」
苦笑いしながらも甘いものを欲しがる時雨を
かわいいなぁっと見つめ。

我ながらいい出来だと思っていたが
咲也のツッコミを受けてしぶしぶ生クリームを掬って減らして。
「うーん、難しい…」
と呟きつつチョコソースをふりかけて。

2枚目を焼き上げ冷ましている間に
時雨の作ったクレープを半分に折り丸め
「バニラアイスとチョコアイスとプリン どれがいい?」
余りにも大きくなったクレープは手で持って食べるには辛そうなので
そのままお皿で食べてもらおうとトッピングを聞く。

よりどりみどりのスイーツに思わず
全部と言いたいが、多分無理だと察知して…
「うーん じゃあ チョコアイスで。ほんとは全部欲しいけど…」
じゅるりと涎を垂らしそうになりかけて。

「あはは 言うと思った…
 じゃあアラモードってことで少量ずつ…ね?」
2種のアイスとプリンを大きめのスプーンで掬ってクレープに添える。
「はい 時雨の初クレープの出来上がり」
クレープのお皿にフォークとナイフを乗せて時雨に手渡す。
「アイス溶けちゃうから… 食べてていいよ」

「おおぅ… これが…」
目の前に置かれたクレープを目を輝かせながら見つめて…
「いただきますっ、はむっ…んっ…んん!」
クレープをフォークでぶっさして
少し持ち上げれば真っ正面からがぶり。
口にチョコやクリームがついているのも気にせずに味わって…
「うま…」

「時雨ー お行儀悪いよー?」
くすくす笑いながら美味しそうにクレープを
食べている時雨を見つめながら
残りのクレープ生地をせっせと焼いていく。

「んぐ… これはっ… うま… はむ…」
咲也の言葉はなんのその
獣のようにクレープに食らいつく。
「うん、クレープおいしい…」
口の横についた生クリームを器用に舌で舐めとって。

「まだ おかわりあるからね…?」
あの調子なら全部食べれそう…
と苦笑いしながら後半はさっぱりしたフルーツが欲しくなるだろうと
黄桃とみかんの缶詰を開けて
黄桃をクレープに巻けるように薄くスライスしておく。

「ん、咲也も一緒に食べようよ
 一人だけがっついてるのも寂しいし」
黙々と生地や、果物の下拵えをする咲也を見て。
「次のは咲也と一緒に食べれるまで待ってる」

「ん ありがとう」
焼きあがったクレープを重ねてお皿に乗せ
フルーツを載せたお皿と一緒にテーブルに持ってくる。
クレープを1枚取って生クリームとバナナとチョコソースを
時雨の半分位に乗せてクルリと綺麗な円柱形に丸める。
「本当はこうやって… 丸めて持って食べるんだよ」

手際良くクレープに果物やクリームを盛り付ければ
くるりと生地をまるめて見慣れたクレープの形になる。
「おぉ… これこれっ
 …屋台で見たのはこんなの だった…はず」
昔の記憶を呼び起こして。

「うん…屋台のはこういう感じ。
 レストランとかだと時雨のみたいに
 お皿で食べるのも出てくるから
 間違いじゃないけどね もぐ…」
クレープを口にしながら
「ねぇ時雨 さっきの話だけど
 時雨は甘いものが『好き』なのに理由ってある?」

「へぇ… そうなんだー」
スマートに丸まったクレープを食べる。
果物の酸味とクリームの甘さ生地の香ばしさが絶妙に合って
「っ! うまっ…」
思わず声を荒げて。
「うーん、なんでだろう… 『好き』だから『好き』?
 あんまり理由なんてないような…
 そこに甘いものがあったら悪い気はしないし…」

「うん… 僕も時雨を『好き』なのに
 あんまり理由って無い気がするんだ…
 ただ出逢った時から
 惹かれるみたいに『好き』になってた…
 変…かな…?」

『好き』ということを、時雨でいう甘いもので
例えられればなんとなく納得して…
「それなら多分…変じゃないと思う…けど… うーん…」
それでもどこか引っかかっているように首を傾げて。

「僕は今まで幸せな家庭で 幸せに暮らしてた…と思うんだ。
 優しい両親だったし欲しいものはなんでも買ってもらえたし…
 でも心の何処かで母さまの『1番』になれないことが悲しくて
 何かが足りないように思ってて…」
そこまで話して俯いて食べかけのクレープを見つめ黙ってしまう。

咲也の話を聞いていて『いいなあ』と
嫉妬してしまうのは自らの運命を呪うべきなのか…
なんとか顔に出さないようにと耐えてふうと一息つけば…
「その足りない部分を僕で埋め合わせ?
 一番に愛されないから 自分が誰かを一番に愛するの?」

「…」
『埋め合わせ』ではない… 
他の誰でも良かったわけじゃない…
友達と呼べる存在もたくさん居たけれど、
こんな感情を抱いたのは時雨だけで…
それを言葉で伝えるのが
咲也にはとても難しく言葉を考えあぐねる。

「僕は多分、誰にも愛されてなかった。
 アイツは僕を痛めつけたし
 母さんはそれを無視し続けた」
苦虫を噛み潰したように、語り続ける。
「『ここ』に来て初めて自分が必要とされたし
 それが嬉しかった。
 あたり構わず『好き』だとか『愛してる』って振りまいてた…
 向こうもそれに応えてくれた」
淡々と語る中にも表情は暗い。
「僕は…『人を好きになる』ってことがわからない」

「時雨…」
時雨の過去と背負っている物の重さに
自分のことのように胸が苦しくなる。
…多分 『時雨を好き』…だから…
それを伝える言葉が見つけられずに
涙で潤んだ瞳で時雨を見つめることしか出来ない。

「それでも…ちょっとだけ分かった。
 咲也がね、『好き』だって寄り付いてくると
 なんだが落ちつくんだ。
 なんか安心するというか…
 まだよくわかんないけど…
 同じ『好き』なのになんか違う」
今にも泣きそうな咲也の頭を撫でてやり。
「多分、咲也の気持ちに応えられそうにないけどね…」

「ううん… いいよ 応えてくれなくて…
 こうして一緒に居るだけでいいって… 言ったでしょ?」
涙をこらえ微笑んで見せ。
「ほら もっとクレープ食べて?」

「咲也がそれでいいなら… お安いご用だよ…
 美味しいお菓子も作ってくれるしね?」
クレープを噛りこちらもにっこりと笑う。
咲也はどこまでも健気で、強い。
想いに応えられなくともできればそばに

居てあげよう、と思いつつ…






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