第二十五話 「9月17日」
第二十五話
「9月17日」





咲也の誕生日から約1ヶ月。
「次は時雨の誕生日だからぁ 準備よろしくねぇ」
と、春陽と秋月から一週間ほど前に男娼の皆に連絡があった。
咲也のように初めてここで誕生日を迎える訳ではないのでサプライズではなく食堂もバルーンやプレゼントで飾り付けられ『誕生日パーティー』として行われる。
夕方の皆が集まる時間までに手の空いた男娼たちが集まってせっせと飾りつけを行う。
咲也も厨房を借りてケーキ作りに精を出す。

「おおー、やってるやってる」
ひょっこりと厨房に顔をだす時雨。
年に一度のイベントを誰よりも心待ちにしている張本人である。
待ちきれないのか厨房を覗いたり、食堂をぐるぐると歩いて回ったり、とにかく落ち着かない様子である。
「はーやく始まんないかなー」
ルンルンと鼻歌混じりに独り言を呟く。

「はいはーい 時雨はこれでも付けておとなしく座っててー」
春陽が『本日の主役』と書かれたリボンと花飾りの胸章を時雨のシャツに付ける。

「今年のケーキは咲也の特別製だってねぇ
 楽しみ楽しみぃ」
秋月も時雨と揃ってルンルンと小躍りしている。

「そう♪僕が主役! そしてケーキをいっぱい食べられる! ああなんて良い日なんだ。 毎日誕生日でもいいよ」
始まる前からさらにテンションが上がる時雨と秋月が腕をくんでぐるぐると円を描く。
この後が思いやられる光景でもある。

「ちょっとそこで踊ってる人 暇ならこれ手伝ってくれ」
脚立に乗って壁から天井にカラーテープとバルーンを飾り付けていた柚槻が冗談を言う。
それに合わせて皆が笑う。
会場に満ちる幸せな空気がもうパーティーの盛り上がりを予想させる。
そんな光景に微笑ましく思いながらケーキにイチゴや桃を盛り付け仕上げていく咲也も楽しそうだ。

「えー、まさか僕に用意させる気じゃないよね」
と、時雨が肩をすくめて。
「いいねー、時雨にやらせちゃえばいいじゃん?」
「なんだが自作自演みたいで笑けちゃうねぇ」
と、冗談混じりに双子が言うとさらにどっと会場が湧く。
時雨はその雰囲気に少し顔を赤くして、それでもニコニコと準備を眺めている。

いよいよ準備が整い脚立や余った飾りなどを片付けて。
時雨の好物を咲也がセレクトした料理の大皿が食堂に運ばれてくる。
ロウソクを15本挿した咲也のお手製ケーキも『お誕生日席』に置かれる。

「さーて 始めるよー?」
春陽のかけ声に
「いえーい」
と、皆が声を合わせる。
時雨を『お誕生日席』に座らせて各自にクラッカーが配られる。
「せぇの」
秋月のかけ声で皆がハッピーバースディを歌い歌い終わった瞬間クラッカーが一斉に鳴り時雨がロウソクを吹き消すのを待って大きな拍手が広がる。

お誕生日会が始まれば時雨はノリノリでバースデーソングを聞き、目の前にロウソクがゆらめくケーキを出されれば。
「いくぞーっ」
と、深呼吸をし、一思いにロウソクを消す。
しかし思いのほか火が強かったのか、あるいは時雨の肺活量が弱いのかロウソクは全部消えずに、笑いに包まれる。
時雨は照れながらもロウソクの火を全て吹き消す。
「さあ、次はプレゼントだよね! ねっ? はやく〜っ」

「はいはい ご飯を食べながら順番にねー」
春陽が時雨に料理を取り分けて渡す。
「プレゼントは逃げないけど 料理は冷めちゃうからねぇ」
秋月も皆に食事を始めるよう促す。
「時雨の好物ってお子様ランチみたいでかわいいね」
「どれも甘いのが時雨らしい」
と、皆で談笑しながら食べ進めていく。
プレゼントは柚槻から順番に在籍年数順に渡していく。
…ラストが咲也になるようにという柚槻のアイディアだ。
「ほら ダイエットに成功したからリバウンドしねぇように運動するんだぞ?」
スポーツシューズの箱を渡す柚槻。

並べられた料理をもぐもぐと頬張り舌鼓をうつ時雨。
もぐもぐと口の端にソースをつける姿は、年相応あるいはそれ以下のあどけなさを感じさせる。
「ん、柚槻さんありがとー ってうわあ、これ僕がまるでまた太るって疑ってますよねっ?」
と、やや引きつった笑みを浮かべてプレゼントを受け取る。
そして次々と他の男娼からのプレゼントが積まれていく。

時雨が強制的にダイエットさせられているというのは皆の噂の的で。
プレゼントの中には
『寝ながらできる骨盤ダイエットクッション』だの『お風呂で痩せるトウガラシの湯』など冗談めいたプレゼントも混ざっていた。
そしていよいよラスト。
咲也の番。
「時雨…お誕生日おめでとう… はい」
今までのどのプレゼントより小さな手のひらサイズの小箱を渡す咲也。

皆が冗談のつもりでも、運動大嫌いな時雨にとっては真面目な問題であり。
『ああ、やっぱり痩せないとだめなのかな』
と、笑いながらがっくりとうなだれる。
いよいよ最後に咲也がプレゼントを持って来る。
小さな箱だが、これはきっと二人にとって何か大切なものに違いないと、時雨をはじめ皆が察していた。
「このプレゼントはー」
「二人だけの内緒だよねぇ?」
と、開けようとする時雨を止める。
周囲もうんうんと頷き。
「じゃあ、いっぱい食べよー」
と、春陽の声でガヤガヤと一層盛り上がる。

「…後で開けようね… はい ケーキ」
時雨に微笑みかけながらロウソクを抜いたケーキをまるごと時雨に差し出す。
「皆のとは甘さが違うからこれはワンホール全部時雨用だよ」

「おおお、夢の咲也の手作りケーキをワンホールまるごと…」
蒼の瞳を輝かせてフォークを握りしめ、がっつり一口ケーキを貪る。
「ん、んん! うまい! 甘いっ! 絶妙だっ さすが咲也だっ」
と、もう時雨はものすごい勢いでケーキをかきこんでいく。

「皆さんのは甘さ控えめです…」
時雨ががっつく横で皆の分のケーキを切り分けていく咲也。
時雨が美味しそうに食べるので皆も食べてみたいと思わせるのかあっという間にケーキがなくなっていく。
嬉し恥ずかし微笑む咲也。

賑やかに時間は流れて、咲也が作ったケーキは無くなり、料理もほとんどすべて食べ尽くされた。
時雨も満足そうに一息ついている。
「んじゃー、そろそろ後片付けするかー」
「咲也と時雨は早くプレゼントの中身を確認してきなよぉ」
と、双子がぽんと時雨と咲也の肩を叩き、主役の退場を促す。

「じゃあ 片付けよろしくお願いします」
ペコリと会場に頭を下げて時雨とともに食堂を出る咲也。
「…時雨はこの後 一条様がいらっしゃるんだよね? 僕の部屋行こうか」

「ありがとねーみんなー」
ぶんぶんと腕を振りながら会場をあとにする時雨。
「うん、まだちょっと時間があるけど… 一条様のことだから早く来てるかもね」
と、これからの予定を思案しつつ咲也の部屋に向かう。

部屋に着くと食堂の賑やかさがまだ伝わってくるが二人きりの空気にほっと息を吐く咲也。
「プレゼント…開けてみて?」
促すと小さな箱の中には9月の誕生石である時雨の瞳のように蒼いサファイアが一粒チャームになって入っている。
「この間の貝のチェーンアクセサリーに一緒に付けて…」
シャランと自分の手首のチェーンを見せると同じデザインの8月の誕生石のペリドットが既に付けられている。

「うあ…すごい…」
きらきらと蒼く光るサファイアを光にかざして眺める。
咲也の言うとおりに、この前もらった貝殻のアクセサリーと合わせて見る。
まるで小さな海と貝殻が一緒になり、二人で過ごした日が蘇るような、そんな不思議な感じがした。

「…なんか女の子にあげるようなプレゼントばっかりで… 何をプレゼントしたら喜んでくれるかいっぱい考えたんだけど…」
好きな人のために贈るものを選ぶのってうきうきするねっと照れくさそうに小声で伝えて。

「ん、ありがと咲也、嬉しいよ。 こうやって誰かにプレゼントをもらうのって…もうここに来て何回もあるけど…嬉しい」
率直な感想を口にし咲也の頭を撫でる。
すっかり日が短くなり、もう夜が遊郭を覆い隠してしまう。
満天の星空を見上げる。

「よかった…」
喜んでくれる時雨に微笑み自分も嬉しいことを伝える。
時雨の蒼と咲也の黄緑のチャームの影が重なる。
「…ちゅ 時雨…好きだよ…」

咲也の舌を受け入れ、ねっとりと絡ませるようにキスをする。
「ちゅ…くちゅ…んあっ…咲也」
きゅっと抱き寄せて咲也の体温を味わっておく。
今日は予約客がいるため、これ以上は抑えなくてはいけない。
しばらく抱き合ったあと、時雨は星空を眺める。

時雨の腕に抱かれながら時雨の視線の先を見つめる。
山奥ということもありいつも綺麗な星空だが今日は一層星が降り注ぐように輝いている。
「…星…綺麗だね… 月が出てないせいかなぁ」

「そうだね、星が綺麗だ…。 あ、そういえば」
月という言葉を聞いて時雨がふとあることを思い出す。
それを聞いたのはいつだったかすっかり忘れてしまってはいたが。
「僕の生まれた日は月が見えなくなる… 『皆既月食』だったんだって。 きっとその時はずっと綺麗に星が見えたんだろうね」
と、何とはなしに呟いて。

時雨の腕の中でビクッと咲也が身をすくめる。
「へ…へぇ そうなんだ…」
『皆既月食』という言葉に怯えるように声が震えてしまう。

咲也の体が少し跳ねたあとに、心なしか体が震えているような気がする。
「ん? 咲也?」
一体どうしたのだろうと咲也を見つめる。

「ううん…なんでもない…」
そう言いつつもこの間の事故の追悼から帰ってきた時のように苦しそうに時雨にしがみついくようにぎゅっと震える腕に力を込める。

「咲也…顔が真っ青だよ… ほんとにどうしちゃったのさ」
なにかまずいことでも言っちゃったかなと、内心焦りながら咲也の背中を撫でて咲也を落ち着かせる。

「…ごめん… 星とか月とか…綺麗だとは思うんだけど… どこまでも果てのない闇だと思うと… …吸い込まれちゃいそうで… 怖いくらい綺麗だから…」
時雨に離さないでと言わんばかりに抱きつきながら弱音をこぼす。

「そっか…」
時雨はそれ以上はなにも言わずに咲也の身体を抱きしめ続けて、無言の状態が続く。
しばらくして時雨が時計を見ると予約客との時間が間もなく迫っていた。
「咲也…ごめんもう行かなきゃ」

「ん… 一条様を待たせちゃうね…」
そっと時雨から離れ弱々しく笑ってみせる。
「たくさんお祝いしてもらってね」
と、時雨を見送る。

「咲也、今日はありがと。 今までの誕生日のなかで一番良かったよ」
と、咲也の髪を梳いてやり。
「また明日ね」
と、咲也の部屋を後にする。

廊下まで見送りに出て時雨がロビーへの階段を降りて姿が見えなくなるまで見送り部屋に戻ると
「はぁ…」
と、深くため息をこぼす。
「…『皆既月食』…か……」
ボソっと一言呟いて布団に倒れこみ、まだ時雨のぬくもりの残る布団をぎゅっと抱きしめ目を閉じる……



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