第四話 「教育最終日」
第四話
「教育最終日」





「ふぁっ…ぁぁあッ ぁっあっあっ んぁあーーーーッ」
時雨の愛撫と、『見られている』という羞恥も混ざりいつも以上に恥ずかしそうに身体をくねらせながらも、嬌声を上げ果てる咲也。

「ふむ…短期間にここまで出来れば上出来だ」
「そうですね 合格です咲也 明日からは見世に立ちますからそのつもりで」
「ご苦労だったな時雨。 教育係としての腕も上がってきたようだな」
「ありがとうございます」

乱れた息を吐きながら、ぎゅっと時雨を抱きしめ残響に震えている咲也の頭上で、旦那と女将と時雨の会話が取り交わされるのを、ぼーっと聞きながら。
『明日から見世』という言葉にズキンと胸が痛むのを感じ、ぎゅっと時雨にしがみつく腕に力がこもる。

しがみつく力が強くなるのを感じながらも、部屋を後にする旦那と女将に軽く一礼して、姿が消えるまで待って。
不安そうに自分を見つめる咲也を見れば、腰を下ろして汗に濡れた髪をくしゃくしゃと撫でてあげて。
「よくここまで頑張ったね…
 とりあえず体を洗いにいこうか?」
精液で濡れた咲也の身体をタオルで拭いて乱れた着物を軽く整えてやる。

「う…うん…」
時雨に褒められて不安な中にも嬉しさも感じ頬を染め。
咲也の和室には和を好むお客のために贅がつくされており、二人で入れる広さの温泉も用意されていて。
「あの… 今日は 最終日だから…って 温泉…使っていいからって… お湯張ってもらったの… 一緒に…入ろ…?」

咲也の顔には不安や恐怖が入り混じり、あやすように背中をさすってあげる。
いつもはシャワールームで体を洗うのだが、今日はゆっくりと湯に浸からせてくれるらしい。
「…久しぶりだなぁ… 僕も『最終日』にこの部屋に来たことがあるよ」
昔を思い出しては照れくさそうに笑って。

「そう…なんだ…」
今の時雨しか知らない咲也には、『教育』を受けていた時雨は想像がつかなくて。
何かチクリと胸を指す想いを『言ってはいけないことだ』と自然に自覚し、気持ちを押し殺すように無理に笑顔を作って。
「時雨がこの部屋に来た時は、 洋間だったんでしょう? 女将さんが『和をテーマに改装した』って言ってたから… なんか僕には和服が似合う…って…」

咲也は何を思ったのだろう、少しの静寂の後に堅い笑顔を作ってみせる。
それを見て時雨は『なんかヤバいこと言ったかな…』と少し不安になりながらも。
「そうだね、ダブルサイズの ベッドが置いてあってね… ちっちゃい僕には不釣り合いだったけど…」
ベッドがあった位置を指差して。
「うん、物静かな感じが和服といい感じじゃないのかな?」

「ちっちゃい…時雨?」
そういえば時雨がいつ頃からここで働いて居るなど聞いたことがなかった。
そんな話をしたらまた胸の痛みが起こりそうな予感がして話をはぐらかす。
着物を褒めてくれた方に会話を持っていく。
「ん… ありがとう… 時雨みたいに何を着てもお客様に気に入られればいいんだけど…」

自分の昔話をする度に咲也の表情が微妙に曇ってしまう。
こちらもあまり身の上話をするのは避けた方が良さそうだ…
「ふふ… 和服っていうキャラが立ってていいんじゃないのかな? 僕は…何着てても結局剥がされちゃうし」
くすりと笑って服を脱ぎ始めて。
「さ、こんなとこで話すのもなんだし、ちゃっちゃと温泉入っちゃおうよ」

「うん…」
時雨との行為でほとんど脱げている着物を脱いで浴室の扉を開ける。
今まで薄暗闇でしか見たことのなかった時雨の身体に、ドキリと胸が高鳴るのを感じ視線を逸らし。
「お湯…ぬるい…かな?」
手桶でお湯をすくい。
「時雨…しゃがんで?」
お湯の熱さを手で確かめてから時雨の背中を流していく。

するりといつものシャツやズボンを脱げば、絹のようなきめ細やかな肌が現れる。
照明でその艶やかさは一層際立つようで…
視線を感じて咲也の方を見れば、あからさまに視線を逸らしているのをが見えて首を傾げる。
「ん? 流してくれるの? ありがとー …んあっ… いいかんじ…」
温かな湯が背中に流れれば心地よさを感じて。

「ぬるくない? 気持ちいい?」
ボディソープを取り時雨の身体を左右の肩から腕、胸から腹、腰から脚へと泡立ててからお湯で流し。

「ん、気持ちいいよ」
自分にまでお客様と同じようにやらなくてもいいのになぁーと軽く苦笑して。
柔らかく触れてくる咲也の手は、お湯とともに不思議な温かさを帯びていて。
「くすぐったいよ咲也… 咲也だって透き通るような白い肌だね… 噛んじゃいそ…」
軽く冗談を交えて咲也のことをからかってみて。

「ふぇ…?」
時雨のことがはっきり見えているということは、自分も見られてるということに気づき赤くなり。
「し…時雨に…なら… いい…よ?」
むしろ歯形を付けられ消えるまで見世に立てないようにしてもらいたいような気持ちで思わず俯いてしまう。

すぐに赤くなるのは全く直ってないなあ、と感じて…くすりと笑う。
冗談にまるで本気でシてくれと言わんばかりにまじまじと見つめる咲也に…
「あははっ …冗談冗談… 明日から見世を張るってのに傷物にしたら旦那や女将に怒られちゃうよ」
思わず吹き出してしまい、咲也の背中をポンポンと叩く。

「う…ん そう…だよね…」
また『明日から見世』という言葉に反応して震えそうになる手を抑えて。
「時雨 先に温泉に入ってて…? 僕…身体…洗ってから 入る…から…」
今度は自分の身体にお湯をかけて流し、ボディーソープを手に取る。
そしてふと気付き赤い顔で小さな声で言う。
「あ… アソコ…洗うから… 見ない…で…ね…」

「ん、わかった」
咲也の言葉に甘えてゆっくりと湯船に浸かれば、深く一息ついて。
湯で自らの身体を撫でるようにさすってみる…
咲也が身体を洗おうとするのをぼんやりと見てると見ないでという声…
「えー恥ずかしがってたら駄目じゃない」
これから嫌というほど羞恥を味わうというのにどこか悠長だなあと思いつつも反対方向を向く。

「う… ごめん…なさい…」
確かにこれからお客様に見られながらしなければいけないかもしれない行為でも、まだ恥ずかしさが抜けなくて…
『和を追求した』という女将こだわりの総ヒノキのシャワーすらない温泉に不釣り合いのノズルをアソコに挿入し、お湯を注ぎ込む。
「…ぁっあ …んんんんぁ」
いまだに慣れないその行為に、時雨が居ると分かっていても声を上げてしまう。

『ほんとに明日から大丈夫なのかなぁ… ほとんど受けの色香で 合格したものだからなあ…』と色々思案していると、甘い嬌声が響き渡る。
これも慣れてないんだよなあ…と軽くため息をついて。
「咲也ー、終わったら早く入っておいでー あんまり時間かけると風邪ひくよー」

「はぁ…はぁ… うん…」
腸内を洗い流しただけで熱くなってしまう身体に『教育』された自分を恥じながら、手早くボディソープで身体を洗いお湯で泡を洗い流し、時雨と向かい合うように湯船に浸かる。
「…ふぅ お風呂 久し振り…」
目を閉じてリラックスする。

「ずっと『教育』で休みがほとんどなかったからね… ほんとお疲れ様」
体を休める咲也を微笑ましく見つめて。
「ねぇ、やっぱり不安でしょ。 明日から知らない客に抱かれるんだって思うと」
あえて咲也に現実的な話をふっかけてみて。

自分の考えていた不安を、ずばり言い当てられて目を開き子犬のような目で時雨を見つめる。
「うん… 時雨は初めてのお客様って …どんなだった…の…?」

「そうだなあ…、僕の初めてのお客様は …初めてって言っていいのかなぁ… 一度会ったことがあるし… とにかく気持ち良かったよ?」
初めてのお客様がまさか自分を拾ってくれた人だとはと振り返りつつ。
「まあ、特別な人だったなあ、僕にとって」

「そう…なんだ…」
余裕そうな時雨の回答に複雑な気持ちになりながら。
「今も…来てくれてる お客様…? 初めてでも…気に入って… もらえる…かな…?」

「さあて…それは咲也次第なんじゃないのかな? 恥ずかしがって堅くならなきゃ充分大丈夫… ていうか、絶対固定の客もつくと思うよ?」
咲也の問いに、淡々と答える。
咲也の実力ならいくらでも客はつく。
後は本人がどこまで積極的になるかだけなのだが。

「う…うん 頑張る…」
言葉とは裏腹に温泉に浸かっていると言うのに悪寒が走る。
「…時雨…」
ちゃぷ…っと湯船の中で腕を伸ばし、時雨にすがるように胸と胸を合わせる。

「なあに、咲也…やっぱり不安?」
擦り寄ってくる咲也の表情は暗い。
湯の温かさに加えて咲也の密着する肌の暖かさも感じて。
「そんな泣きそうな顔しちゃだめだよ… せっかくの花が台無しじゃない…」
すっと咲也の頬に触れて。

「ん…時雨…」
時雨以外の『教育係』に習ったのは、『お風呂での奉仕』と『自分から挿入』の2回だけで、全てを許したのは時雨だけで。
こうして触れているだけで安心できるようになっていた。
頬を撫でてくれる手に目を閉じて擦り寄りながら。
「…時雨…」
自分の気持ちを告げていいものか悩み言葉を飲み込む。

「ほら、どうしたの…咲也 どっか具合悪い? もうのぼせた?」
頬を赤く染めて、目を閉じる咲也の頬をふにふにとつついてみて…
なにか言いたげに口を開いては閉じ開いては閉じる咲也を見て…
じっと待ってみる。

「…僕の『教育係』が… 時雨で…良かった…」
ゆっくりと自分の中にある気持ちを言葉にしていく。
「時雨に…抱かれても… 『穢された』なんて… 思わなかった…けど… あ…明日からは…」
そこで一旦言葉を考えあぐねる。

「そっか…ありがと」
咲也の口からゆっくりと紡がれていく言葉。
なんとも優しい言葉に時雨も顔を綻ばせる。
しかしやはり咲也をここまで淫らにしてしまった
事実は曲げようもなくて…
「明日からは?」
やはり怖いのだろう、自分の身体を他人に売ってしまうという行為には…

「明日… お客様がつくとは 限らない…けど… 『時雨しか知らない僕』は… これが…最後…だから…」
泣きそうに声を震わせながら言葉を続けるが、何を言っていいのか頭が混乱する。
「…時雨… キス…して…いい?」
『時雨しか知らないキス』はこれが最後になると覚悟して。

「…だからそんな顔しちゃ駄目」
両手で咲也の顔をそっと持って、つぶらな蒼い瞳で咲也を見つめて
「わかった、キスしてあげるから… もうそんな顔はよしな? 僕はそんな顔見たくないから…ね? ちゅ…」
薄い唇にそっと触れるようにキスして。

「ん… 時雨… ちゅ」
優しいキスに泣きそうになるのを時雨の言葉にコクンと頷いて我慢して。
湯船に時雨を押し付けるように唇で時雨を押し倒すように深く口付ける。
「ちゅ… ちゅぅ」

「ん…咲也… 今日は甘えん坊さんだね。 …ちゅる…ちう…」
咲也は体重を乗せて迫るようにキスを貪ってくる。
口内を犯すような積極的なキスに少し驚きつつ、体を離す。
「…だーめ、これでおしまい。 これ以上やったら絶対 収まらなくなっちゃう」

「ちゅく… ん… ごめん…なさい…」
キスはやめて時雨に身体を離されてももう一度すがるように首に腕を回し抱きつき。
「お願い…こうしてるだけでいい…から…」
ぎゅぅっと離されないようにきつく抱きしめる。

「もう…どうしてそんなに懐いちゃってるのー?」
時雨に触れていたいと必死に懇願する咲也に苦笑して、仕方がないなと温もりを受け入れる。
「ねぇ…咲也…僕に惚れてるの? 初恋の女の子みたいだよ」
今までの言動を見て耳元で意地悪な質問をしてみて。

「…っ」
耳元で囁かれた言葉に自分でも分かっていなかった自分の気持がハッキリとした形を築く。
でもそれを素直に口に出すことはできなくて…
「時雨は… 僕の事… どう思ってる…?」

「……っ」
言った途端にびくんと咲也の身体が跳ねた。
口で言わずとも身体がそうだと教えてくれて。
「え? そうだな… シャイで不器用だけど かわいい後輩ってとこ…かな? まぁ悪くは思ってないよ」
率直に浮かんだ言葉を口にしてみて。

「…そう…だよね ありがとう…」
『好き』という言葉を少し期待していたのか哀しげな笑みを浮かべることしか出来なかった。
「…僕は 時雨が 僕の『教育』以外の時間… 待ってる間に… 時雨がお客様と居るんだな…って …思うと…なんでか… 胸がチクチク…してた」
またゆっくりと気持ちを言葉にしていく。

時雨の言葉に少しがっかりしたようで…
こちらもごめんの代わりに頭を撫でてやる。
「咲也って…結構嫉妬深いんだね… 僕がお客様にとられて苦しい?」
ああ、かわいいなあと、少し落ち込み気味の咲也を見つめる。
「咲也は僕のことがお気に入りみたいだね」

「…」
ぎゅっと抱きついたまま髪をなでられ、涙が浮かぶのを見られないように時雨の首筋に顔を埋め。
「明日から… 僕も… お客様を相手しなきゃ …いけないのに… もう『教育』はないから… 時雨とこんなふうに… 会えないかも…しれないのに… こんな…の… 苦しいだけだって …分かってるのに… 時雨にも迷惑かも…しれないのに… でも…」
ぎゅっと時雨を抱きしめる腕に力を込め、数秒の間がとても長く感じる程緊張しながらも、咲也にしては珍しくハッキリとした声で言い切る。
「時雨が好きだよ」

「……」
咲也が紡ぎ出す想い。
そこに嘘偽りは全く感じられなくて首筋に熱いものがあふれてくるのを感じる。
自分の気持ちを伝えられない程に無口で不器用で…
それでも今は強く想いをぶつけている。
「……そっか」
好きだという言葉に、それだけしか返せない。
好きだという言葉は今まで幾度となく聞いてきた。
咲也のこの言葉は果たしてどれほど重いのだろうか。
「…そっか、ありがと」
ぎゅうと抱きしめる咲也に応えるように抱きしめて。

「…迷惑じゃ…ない…?」
『ありがとう』と応えてくれた時雨それは自分を受け止めてくれたものなのか、時雨のように恋のゲームに慣れた人種のスルーなのか戸惑いもう一度尋ねる。
「僕の事…迷惑…?」

本当にずるい質問だ。
返す言葉に困ると内心思いつつ…
必死にせまる咲也の唇に人差し指を当てて。
「…これ以上は… 咲也の純粋な言葉がもったいない… もっと大事にとっときな…」
自分はありもしない事を口にし過ぎて言葉の重みを忘れてしまった。
軽い言葉ばかりを聞きすぎて純粋な言葉を受け入れられない。
それでも咲也の想いだけは…………
痛いほどよくわかった。
「もう上がろう… 咲也も明日から早いからね」

「時雨…」
こんなにぎゅっと抱きしめているのに、捕まえられない風の様にふわりと時雨の心は掴み取れなくて…
「もう一度だけ…聞いて? お客様に嘘で使うようになる前に…」
湯船から立ち上がろうとする時雨の手を握って引き止め、背中から抱きしめ。
「本当に好きなのは時雨だけだよ」

「…………」
しばらくその場に立ち尽くして言葉の意味を噛み締める。
心拍の早い咲也の鼓動がこちらにも伝わってきて。
「……ありがと 大事にとっておくねその言葉」
やはりこれしか言葉が出てこない。
ここまで純粋に好かれても穢れた心は正直には受け取れなくて。
「湯冷めしちゃうよ? 上がろう?」
咲也の手を取ってそのまま歩きだす。

「うん…」
これでいいんだと自分に言い聞かせる。
他の誰かに穢される前に想いを告げることが出来た。
ただ単に最初にシタ『教育係』だからではなく時雨を好きになっていたことを、自分の中でも不確かだった想いを、ハッキリと言葉に出来た。
これがこの後どんな苦しいことがあっても自分を支えてくれるだろうと、確信めいたものを感じながら、ずっと時雨に着いて行こう…
そう思えた。




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