第三十九話

「お勉強」





桜の花も散り、まだ夏も遠いというのにじりじりと太陽が照りつけるようになった。
山の中にある影楼とて、やはり例外ではなく男娼の中にも早々に衣替えをする者もいる。
時折みせる男娼たちの柔肌はやはり見る者を魅了していくのだろう。
――そんな影楼のとある日常。

時雨の生活リズムは、おおよそ昼夜逆転といっても過言ではなく
夜は空が白むまでその体を惜しみなく明け渡す。
仕事が終われば眠りにつき、昼過ぎに遅すぎる朝食をとるのもしばしばだ。
そんな時雨でも同年代の子供と同じように
――同じとはとても言い難いが――
遊んだり、勉強したりする。
「あー、あっつう…」
今がその真っ最中だった。

売れっ子になってきたとは言え、時雨程の接客数をこなすわけでもない咲也は
時雨よりも早寝早起きの生活を送っているがそれでも一般からすれば同じく昼夜逆転と言えるだろう。
時雨と一緒に過ごす時間を少しでも多く取りたい咲也は
先に食堂に来ても時雨が来るまで他の男娼の子と雑談をしたり
一人でゆっくり紅茶を楽しんだりしながら時雨が来るの待っていることが多い。
そして時雨が来たら、時雨の朝食が以前のように甘いものづくしにならないか
柚槻の命令通りちゃんと見張りながら、時雨と一緒に朝食を取り、その後の昼間の時間を共有する。
「時雨はシャツだからいいじゃない…。
 僕はそろそろ衣替えして浴衣出そうかな」
扇子でパタパタと時雨と自分に風を送りながら答える。

「なんでクーラーつけちゃダメなんだよ〜…」
時雨はぶつぶつとつぶやきながら、机の上にある問題集に向かって筆を走らせる。
小学校すらまともに通っていない時雨は、毎日とはいかないまでも咲也と学習活動に励むこともある。
『この世には居ない存在』といっても、やはり必要最低限の知識は必要だと女将にも言われている。
時雨もそのことはわかっている。
「えーと、三角形の面積が…
 底辺…底辺ってどれ?」
しかしながら独自で勉強するのは難があるらしく、思っているほど進んでいるわけではないようだった。

時雨の勉強面での『教育係』の咲也は
暑そうにしている時雨にあんまりひっつかないように一緒に問題集を覗き込みながら
時雨に分かり易いようにアドバイスと添削をする。
「『底辺』って字の通り『底』って意味だから…  ココ」
シャーペンの先で三角の下をなぞる。

「ふむふむ…で高さが…ココ?」
と、時雨が三角形の斜辺をなぞる。
咲也がはぁと、小さくため息をつくのもあまり気が付いていないようで
「底辺が6センチ、高さが7センチだから…ろくしち…えーっと」

「待った待った…」
斜辺で計算を始める時雨にストップをかけて。
問題集を数ページめくって三角形の計算の基本に戻る。
「底辺が6センチで斜辺が7センチってことは正三角形じゃないってことは分かるよね…?」
数日前に教えたところだが特に気にせずもう一度時雨が分かるまで説明していく。

「え、そうだっけ」
ぴたりと筆を止めて咲也を見つめる時雨。
頭の上には『?』が浮かんでいるのが目に見えるようだ。
「あー、なんかやったことある…
 この変な棒が高さだったよね…
 ていうか、なんで割る2なの?」
時雨が首をかしげながらコロコロと鉛筆を転がす。

時雨の質問に呆れるでもなく問題集の三角形の図にシャーペンで線を足していく。
「この三角形が…2個あると考えると…
 こう…四角形になるでしょ?
 四角刑の計算は前にやったよね? 覚えてる?」
出来上がった三角形が2つくっついたような図を見せながら説明していく。
「…っていうか 時雨 勉強 飽きてきてるでしょ…」
鉛筆を転がす時雨の顔を覗き込む。

「そんなことないよー…
 難しいんだもん」
と、覗き込んだ咲也の顔をじとーと見る。
「咲也は…やっぱりいっぱい勉強してきたの?」
ふと咲也に問いかけてみる時雨。

「ほら… そうやって話逸らす…」
ふぅっとまたため息をついて。
チラと時計を見ると勉強を始めてから一時間程経っていた。
少し休憩してもいいかと時雨に麦茶を手渡して。
「そうだね。
 学校でも勉強したけど家でも家庭教師の先生がいたし…。
 学校の勉強とは違うこともいっぱい勉強したよ」
数年前の、まだ平和だった自分を懐かしむ様に話す。

「学校とは違うこと?」
そもそも学校で何を勉強するのかわからない時雨は、口をとがらせて首をかしげる。
「じゃあ咲也は普通の人は知らないこといっぱい知ってるんだね」

コクコクと冷たい麦茶で喉を潤してから時雨の質問に答える。
「んー… 学校では算数とか国語とか皆が習うこと一緒に勉強して…
 家では父様の事業についての事とか政治の事とか英会話とか…
 普通の大人も知ってることだよ」
時雨の方がよっぽど『普通の人が知らないこと』を知ってるのになぁっと苦笑いして。

「へー咲也って英語話せるんだね」
少し意外そうな顔で時雨はうんうんと頷く。
「僕も普通に学校に行ってたら勉強できるようになってたかなあ?」
時雨の歳ならば中学生も受験勉強に励むことだろう。
――時雨は普通であることに全く執着していないのだが――
「僕もできるようになるかなあ」

「そうだね 僕が時雨の勉強を見るようになってから…
 もうこんなに問題集終わったから…
 時雨は飲み込み早いよ
 きっとすぐに中学の問題集もできるようになるよ」
机の横に積まれた解き終わった問題集の束と時雨を交互に見つめて
なでなでと時雨の黒髪を梳く。

「えへ、僕だってちゃんとできるし…」
時雨はくすぐったいような笑顔で微笑む。
「咲也の知らないこといっぱい知ってるし、負けてないもん」

「うん… 時雨と出逢って一年以上経つけど
 未だに色んなこと教わってばかりだよ…
 だからこういう普通の勉強でもお返し出来て嬉しい」
咲也も嬉しそうに微笑む。

時雨は咲也にこつんと額どうしを合わせて見つめる。
「そうだね、咲也に僕のすべてを教えられるといいな… もう知ってるか…」
時雨の生い立ちを打ち明けた去年の夏、そして咲也と真の意味で打ち解けた冬。
咲也は時雨にすべてを捧げるように
時雨も咲也の望むすべてを与えよう、そう感じずにはいられなかった。
「…んっ」
そして不意に咲也の柔らかい唇を軽く奪う。

「…僕も… 時雨に僕の全部を知っても…
 こうして側に居てくれて…
 すごく…幸せ…だよ?」
間近で見つめてくる蒼い瞳を見つめ返しながら恥ずかしそうにはにかむ。
「…ふ」
軽く触れた唇にきゅっと目を瞑る。

何度もついばむような口づけを施すと、そのまま咲也を抱き寄せて倒れこむ。
「昔みたいに控えめな咲也… 
 でも意地っ張りで行くとこまで行っちゃう咲也…
 そんな咲也が好きだよ…」
和やらかに香る咲也の肌をぎゅうっと抱きしめる。

「ん… ちゅ」
時雨の腕に抱き寄せられ倒れこむと
自分から求めるように時雨のシャツの上から時雨の身体をまさぐる。
「…はぁ 時雨」
勉強をしている時は外気を暑いと思っていたが
時雨の体温はどんな時でも心地が良くて擦り寄るように頬を寄せる。
「時雨… 好き…」

「はあ…ん、咲也…」
咲也の手つきのなんと心地よいことか。
このまま永遠にこうしていたいという願いがあふれてくる。
「そう…咲也は貪欲なくらいがちょうどいい
 そうじゃないと僕を満たしてくれないから」
時雨も咲也を煽るように青い瞳を流す。

「時雨… しぐ…れ… ちゅ」
時雨の首筋に顔を埋め
白い肌に惹かれるように唇を押し当てながら時雨のシャツのボタンを外していく。

シャツをはがされていくと、時雨の真紅の『証』があらわになる。
燃えるような、それでいて時雨の肌と調和したそれが一層目を引くことだろう。

時雨の『証』に愛おしそうに口付けてから、シャツの前を肌蹴けさせ、キスを胸に落としていく。
「ちゅ ちゅぅ …ちゅく」
甘えるように時雨の乳首に吸い付く。

「ん…んあ、咲也…咲也…」
咲也の髪をなでながら、淡い快感に浸る時雨。
「もっと僕を奪って?
 教えてよ咲也の快楽を
 もっともっと遠くに行けそうなんだ」

「時雨… ちゅ…」
口の中に吸い上げた乳首をチロチロと舌先でつつきながら
こうやったら気持ちがいいって… 快楽を教えてくれたのは時雨なのに…
と、矛盾にクスっと微笑みながら
時雨とならばただ触れ合うだけで十分気持ちがいい事を知っているのに
『もっと遠くへ』と望む時雨を出来うる限りの愛撫で快楽へ誘なう。
「時雨… ちゅ もっと 感じて… ちゅぅ…」

咲也の愛撫に、時雨の下半身は熱を帯び始める。
ズボンの下でヒクリヒクリと小さく脈打つ屹立が咲也のお腹にあたって主張している。
「咲也…ちょっと…苦しい…かも」

「ん…」
時雨の胸を舐めたまま顔を上げて、時雨の顔を見上げる。
「…おなかに押し付けてるのかと思った」
くすっとからかうように微笑んでから時雨のズボンに手をかける。

ズボンを太ももあたりまでおろされると、ぴんと勢いよく小ぶりの屹立があらわになる。
先端からは透明な滴がトクトクとあふれており、時雨の鼓動にあわせて脈打っている。

「…ちゅ かぷ ちゅく …ちゅぅ」
ズボンを時雨の足首から抜き取り
濡れそぼった先端に優しくキスするように口付け、ゆっくりと奥まで咥え込んでいく。
小ぶりだった屹立が口の中で大きさを増していく。

「んはっ …あうっ 咲也… いい」
もう咲也の愛撫は数えきれないほど経験しているが
やはり愛らしい咲也の口淫は時雨の欲求をこの上なく満たしていく。
時雨も腰を上下させて、咲也のリズムに合わせる。

「ん んんっ …ちゅぼ くちゅん」
動き出した時雨の細い腰を両手で抱きしめるように腕を回し
時雨の屹立を口からギリギリまで抜き出し
先端をほじくるように舌を押し当て
また一気に根元まで口に咥え込む一連の動作を繰り返していくと
時雨の先走りと咲也の唾液が混ざり合ったものがいやらしい水音を奏で始める。

いやらしい水音に、耳まで愛撫を受けているかのような感覚に陥り、漏れる吐息もどんどん荒くなる。
「さ、咲也…待って、気持ち良すぎ…ふああ」
たまらず時雨は目をつむり咲也の愛撫を必死に受け止める。
「咲也…僕…こっちでイキたい…」
身体の間に手をすりこませ、自身の秘部をくちゅりといじる。

「ちゅぱっ うん…」
時雨の声に屹立から口を離し、はぁっと荒い息を吐く。
時雨の脚の間に座り、シュルっと帯を解き自身の着物を肌蹴させ
時雨を愛撫している間に興奮した屹立を取り出し時雨の秘部にあてがう。
「…いくよ」

「ん…あああっ…くう…」
ずんと秘部に押し込まれた質量が電流のように時雨の体に響く。
ぶるりとかるく痙攣し身体が跳ねる。
「は…あは…入れられただけで…軽く飛んじゃった…」

「ふふ… 時雨ってば最近なんか敏感だよね…
 動くよ? …はぁ んっ」
自分も時雨の中の熱にうっとりとした瞳で見つめてから
時雨の中を味わうように目を閉じて感覚を集中させていく。

『最近敏感だよね』
――違う、咲也と交わりあってる時だけだよ――
全身の神経が快楽を受け止めるような
強烈な感覚はこの時だけしか訪れない。
「んあああっ、咲也っ
 …頭がジンジンくるよぅ…
 熱くって…とろけちゃいそう…っ」

「ふ…ッ あぁ 時雨 時雨ぇ んぁっ」
時雨に腰を打ち付けながら
時雨を攻めているというのに咲也も喘ぐような声を上げる。
まだ動き出して数分だというのに
時雨の中の熱が全身に伝わったかのように体温が上昇し
ポタっと時雨の身体に汗を落とす程に全身が熱い。

ただでさえ暑い部屋の中での
激しい行為で時雨の体や額からは玉のような汗が浮き出て
体中をテラテラと光沢が覆う。
咲也を抱き寄せれば
にゅるりと胸の突起が触れ合いゾクゾクと新たな快感がもたらされる。

「んんっ く…ぅ 時雨 はぁ」
時雨に抱き寄せられ、身体を密着させるように前のめりにし
屹立を時雨の奥のイイ場所に押し当てたまま身体ごと前後に揺さぶるように動き続ける。
二人の間に挟まれた時雨の屹立を擦るように。

くにゅくにゅと挟まれた屹立は、汗で滑らかに刺激され
時雨はのけぞるように感じまくってしまう。
「咲也… あああっ… らめ…
 壊れちゃう… 気持ち良すぎてぇ…
 あああああんっ」
時雨ががくがくと震えだした次の瞬間に濃厚な白濁が二人の胸を穢していく。

「ふぁッ 時雨 んん ぁぁぁああ…っ」
時雨の熱い白濁を胸に感じた瞬間
咲也もビクンと時雨の上で身体を仰け反らせ
時雨の最奥にぐっと押したて白濁を注ぎ込む。

――熱い、内臓が咲也の白濁で溶けてしまいそうだ――
内部に咲也の愛を感じながら、すっと咲也の唇を奪う。
「はあっ…気持ちいい…たまんない」

「はぁ はぁ… ん ちゅ
 …うん 気持ちいい…」
時雨の上に覆いかぶさるように
クテっと力の抜けた身体を重ねて、気だるくも気持ちの良い快感の余韻に浸る。

「勉強もいいけど…咲也とこうしてるのが一番幸せだよ」
ふわふわとした感覚の中、時雨は咲也の頭をなでる。
「いっぱい汗かいちゃった…お風呂行こうよ」

「もう… まぁ僕も…幸せだけど…」
少し呆れて苦笑いしてから
自分も結局こうして行為に溺れてしまうんだから同じか…と、肩をすくめ微笑む。
「うん 暑いからぬるめのお湯でゆっくりしよう」
時雨の頬に軽く口付けてゆっくりと身体を離す。

――ほんとこれじゃあ保健体育の実技のいいとこだよ――
時雨は内心つくづく勉強に向いてないなと思いながら、咲也の手を取り部屋を出る。



間違いだらけの問題集に、間違いだらけの愛、それでも満足なら、僕は何も言わない。




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