番外編 最終話
 
 「仲間入り」





中学校の卒業式の日。
お爺ちゃんとの約束通り
預かっていた文箱を
お婆ちゃんや『親戚』の人たちに公開した。

全部お爺ちゃんが生前に契約してくれていたから
実際は色んな書類に署名したり印鑑を
押したりだけで済むようになっていた。

『織原』の本家の所有地だった山や田畑を村に買い取ってもらって
今『織原』の借地で住んでいる家に土地を売って
それらをお婆ちゃんは相続放棄して
その代わり村の老人ホームに入れるようにして
財産はしーちゃんと僕の二人で半分ずつ相続して
同時にそれも村に買い取ってもらって全てをお金に替えて…
この村を出ていく支度が整っていった。

イギリスの高校の入学式は9月なので
それまでバタバタと色んな手続きや
引越しの支度などであっという間に時間が過ぎていった。


そしてついに渡英の日。
お婆ちゃんの暮らすことになる
老人ホームに立ち寄って、別れを惜しむ。

「お婆ちゃん 元気でね」
「ホームの人に教えてもらってSkypとかで顔見せてね」
「クリスマス休暇には帰ってくるからね」
と、たくさん約束をして。
ひとつひとつに
「はいはい」
と、微笑みながら僕たちを見送ってくれた。


イギリスのロンドン・ヒースロー空港から迎えの車で数時間。
郊外の田舎風景は日本のそれとは違って
どこを見ても絵葉書のような美しい風景が広がっていた。

高いレンガの塀に囲まれた薔薇の園の中央に建つ建物は
小柄ながら中世のお城のようで。
自分達の新しい住まいだというのに緊張してしまう。

手荷物を持って車を降りようとすると
「お持ちします」
と、運転手さんに流暢な日本語でサッと荷物を持たれてしまい
しーちゃんと僕はテディベアだけを抱いて玄関に向かう。

「長旅お疲れ様でした。お持ちしておりました」
玄関を開けると使用人一同が迎えに出てホールにズラッと並んでいた。

その様子にびっくりしてしーちゃんの手をぎゅっと掴んで
隠れそうになる僕はやっぱり人見知りなのだろう。
僕の様子に気がついたしーちゃんが安心させるように背中を押して。
「はじめまして。 えーっと? 日本語でいいのかな? 初めまして」
最初に迎えてくれたメイド風の女の子以外は
やはり日本語が通じないようで。

「…Nice to meet you. I am SHIGURE.
 He is my younger brother SAKUYA .
 we are taken care of from now on
 (はじめまして
  僕は時雨です
  彼は弟の咲也です
  これからお世話になります)」
英語で挨拶しなおすと皆からも
「Welcome! (ようこそ)」
と、声が上がる。

「この村は昔から日本の『ORIHARA村』と交流があったんで
年配の者なら少しは日本語がわかります」
と、メイド風の女の子が教えてくれる。

「旦那様がお待ちですわ。ご案内しますね」
ロビーに集まった使用人達に『今晩の晩餐の用意を』と声をかけると
それぞれが日本風の挨拶…
ペコリと頭を下げて持ち場に戻っていく。

案内されて着いたのは庭の薔薇園と繋がっているガラス張りの温室で。
「旦那様 お待ちかねのお二人が到着しましたよ」
丈の高い薔薇の垣根に隔たれて
『旦那様』と呼ばれた人物の姿は見えない。
しばらく入口で待っていると車椅子に乗った
お爺ちゃんそっくりの老紳士が現れる。
お爺ちゃんと違うのは服装が英国紳士らしい
スーツ姿というくらいそっくりで。

「やぁ 時雨に咲也 待ちわびていたよ。
 君たちのお爺ちゃんの送ってくれて写真より少し大人っぽくなったかな?」
微笑む表情も声もお爺ちゃんそっくりで…
初めて逢ったのに懐かしいような気すらしてしまう。

僕の抱きしめていたテディベアを見て。
「ああ その子も戻ってきたんだね」
「あ はい お爺ちゃんが『仲間に戻してあげてくれ』って…」
老紳士にテディベアを手渡す。

「やぁ アーサー おかえり 綺麗な姿のままで驚いたよ」
テディベアを優しく撫でながら懐かしそうに目を細める。
初めて僕がお爺ちゃんの家に引き取られた時を思い出す光景で。
「その子… 『アーサー』って名前だったんですか?」
僕はしーちゃんから渡された時から『しーちゃん』と呼んでいたし
お爺ちゃんたちの前では『くまちゃん』と呼んでいたけど
お爺ちゃんもお婆ちゃんも『アーサー』だとは教えてくれなかった。

「そうだよ 君たちのお爺ちゃんの名前は?」
優しく微笑みながら問いかけてくる。
「…織原麻斗」
「そう だからこの子は『アーサー』
 私は海斗だから私のテディベアは『カイン』なんだよ」

そう説明すると案内してくれた女の子に車椅子を押され
温室の奥に戻っていくと中央に
お茶を楽しむためのテーブルセットが置かれており
その奥に年代物のテディベアがズラリと何十体と並んでいた。

「うわぁ… 『仲間』ってこんなにたくさん居たんですね」
思わず声を上げたくさんのテディベアの
それぞれの特徴のある顔や服装をキョロキョロと見渡す。

「ふふ 驚いたかね? 皆アーサーとカインの兄姉達だよ」
そう言ってからアーサーを掲げて
「ほら 皆 アーサーが帰ってきたよ 新しい『王子様』と一緒に」
最初は海斗お爺ちゃんは何をしているのかと見つめていたら
「おかえりなさいアーサー
 生きているうちにまた逢えるとは思わなかったわ!」
一体のテディベアが群れから飛び出しアーサーに抱きついてくる。

「うわっ?」
なんのトリックかと思ったら薔薇の垣根の奥に
テディベアに動きを与える『黒子』が隠れていた。

「海斗お爺ちゃん この子の名前は?」
アーサーにじゃれ付く女の子のテディベアの名前を尋ねる。
「その子は『ミス・エリザベス』 この中で一番のお婆ちゃんだよ」
「ちょっとっ 海斗 レディに向かって失礼ねっ」
アーサーにじゃれ付いていた時とは違い怒っているのが良くわかる。
表情の変わらないテディベアで
身体の動きと声だけでちゃんと表現されていた。

「すまなかったね ミス・エリザベス…
 さぁ アーサーを迎えてやっておくれ」
「兄さん!おかえり」
ミス・エリザベスを押しのけて
まだ新しい姿のテディベアがアーサーを抱きしめてくる。
「良かったな カイン アーサーが帰ってきて」
他のテディベアからも声がし動き出す。

人形劇を見ているみたいでワクワクしながら。
「アーサーのお兄さん お姉さんたち…
 アーサーを仲間に入れてくれる?」
と、声をかけると
「喜んで!」
と、みんな一斉に声を揃える。
「良かった… お爺ちゃんも
 アーサーが仲間に戻るの願ってたから…
 皆 仲良くしてね」

「でもいいいのかい? 『仲間』になったら
 その綺麗な身体はなくなっちゃうよ?」
小さな小熊のテディベアが言う。
「え?」
と、皆を見渡すと個性豊かに着ているものだと思っていた
ドレスやフードをペロンとめくる。
その姿は顔だけを残して身体はパペットになるため
失ってしまっているのがわかった。
僕は思わず息を飲む。

「どうしよう… アーサー…」
『仲間』には返したいけど『身体』が無くなってしまうのは
ずっとその身体を抱きしめてきたさっちゃんには辛い選択で。

「もうっ チャールズ 咲也を困らせてはダメよ 可哀想でしょ」
ミス・エリザベスが言うと
「ジョークだよ 咲也 心配しないで
 アーサーはそのままでいいんだ
 アーサーは特別だよ
 だって僕達の王様だからね」
チャールズが言うと寄り集まっていたテディベアが左右に別れる。
真ん中に赤い革張りのミニチュアの椅子が置かれていて。
「おかえりなさい アーサー王!」

「さあ 咲也 アーサーをあの椅子に座らせてあげて」
「うん… …僕にはこれからずっと本物のしーちゃんが居るから
 君に泣きつくことはないから…
 安心して皆のところに帰ってね」
今までありがとうっと最後にぎゅっと抱きしめて
アーサーを椅子に座らせる。

「大丈夫よ咲也 私たちはこれからもずっとここに居るんですもの
 淋しくなったらアーサーを連れて行っていいのよ?」
「毎日会いに来てよ」
とミス・エリザベスとチャールズが言う。

「うん ありがとう」
子供の頃からこんな風に『しーちゃん』とお喋り出来たらなぁ
と、思っていたさっちゃんには夢が叶ったようで楽しくて仕方がない。

しーちゃんはというと冷静に海斗お爺ちゃんに質問していた。
「いつもこんな風にしてるんですか?」
「日本では『人形供養』というのがあるだろう?
 あれと同じで捨てられたテディベアを
 修繕して人形劇団をやっているんだ。
 ここで公演することはないから今日は特別だね。
 君たちを歓迎するために集まったんだよ」
「はあ…」
どう見ても『僕たち』ではなく
さっちゃんだけが喜んで遊んでる様子を眺めるしーちゃん。

「あら? 咲也 大丈夫? すごい汗よ?」
ミス・エリザベスが心配そうに声をかけ
「海斗 ちょっとハンカチを貸して頂戴」
テディベアな自分の手で拭ってやれないことを焦りながら。
「さっちゃん どうしたの 暑い?」
海斗お爺ちゃんより先にしーちゃんが行動に出る。

温室の熱気に当てられたのか
日本からの移動の疲れや時差ボケなど
考えられる原因は色々あったが
取り敢えず休ませてやるのが最善だと判断して。
「海斗お爺ちゃん 寝室に案内してください
 さっちゃん 飛行機の中でも寝てなくって…」

「ごめんなさい… 心配かけて」
フラつきその場にうずくまるさっちゃんを
巨大なくまの着ぐるみがひょいっとお姫様抱っこする。
「うわ… 動かないから
 大きい置物かと思ってたけど君も動けるんだね」
苦しいながらも大きなくまに微笑みかけると
「咲也 その子はトーマスよ
 まだ日本語が少ししか分からないの
 英語で話してくれたら話せるわ」
ミス・エリザベスが教えてくれる。

「Thank you. Please take me to a bedroom.
 (ありがとう
 僕を寝室に連れて行ってください)」」
「Yes My load(はい ご主人様)」
大きなくまさんに寝室に連れて行ってもらうように頼むと
しーちゃんがふてくされて。
「When we enter the bedroom, please return my lover to me
(僕たちが寝室に入る時に僕の恋人を返してください)」
「まぁ 時雨ったら紳士ね。 ちゃんと自分が連れて行くのね」
「当たり前だよ ミス・エリザベス
 初めての寝室なんだから 僕が抱いて入らなくっちゃね」
寝室に向かって歩きながらしーちゃんが主張する。

階段を上がって広い廊下の突き当たりの部屋に着くと
ミス・エリザベスや他のテディベア達が重厚な扉を開けてくれる。
トーマスがそっとしーちゃんの腕にさっちゃんを渡して。
「晩餐の時間になったら迎えに来るわ」
「おやすみなさい 咲也」
口々に挨拶をし、しーちゃんとさっちゃんの頬におやすみのキスをして。

ベッドに横たわりテディベア達に手を振って。
扉が閉じた途端しーちゃんが急にぐったりする。
「何あれ… 疲れたー…」
「あはは 僕は楽しかったけどなぁ
 ずっと『しーちゃん』とああ言う風に遊んでみたかったから」
しーちゃんの感性とは合わないのかなっとお疲れ様っと髪を撫でて。

「それよりさっちゃんはちょっと寝たほうがいい
 時差ボケもあるだろうし
 なんかテンション高くなってるでしょ
 疲れてるんだよ」
コツンとさっちゃんのおでこを突っつき
「これから毎日あいつらと遊べるんだから
 今日はもうゆっくりしな… ちゅ」

『寝室』は二人の関係を知っているのだろう
キングサイズの大きな天蓋付きベッドが一台だけで。
「うん… 心配かけてごめんね おやすみなさいしーちゃん…」
しーちゃんの腕枕でそのまま目を閉じるさっちゃん。
「これからも… ずっとこうしてるから… 安心して寝な? ちゅ」
そっと唇を重ね寝苦しくないように
さっちゃんのネクタイを外しワイシャツの襟を緩める。
「ん… しーちゃん…」
擦り寄って甘えてくるさっちゃんを見ていると
その気はなかったのに鼓動が早くなる。
それをぐっと抑えて今はさっちゃんを休ませることを優先させる。
「おやすみ… さっちゃん」


数時間後
晩餐の支度が整い、二人を迎えに来たテディベアたちは
幸せそうに寄り添って眠る『王子様』たちを起こす事ができず
微笑ましく見守るだけだった。






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