番外編 第三話
 
 「中学生の悩み」




そんな関係が続いたまま
しーちゃんと僕は小学校を卒業した。
村の中学校はかなり離れていて
しーちゃんと僕は自転車の二人乗りで通うようになった。
制服の学ランを着ていないと
まだ小学生に間違われる『子供っぽい』僕とは正反対に
しーちゃんはとても学ランの似合う『少年』になっていた。

中学校は僕たちの住んでいる山奥よりも
電車の駅や住宅街もあり
今まで小学校全体で10名程だった生徒数も
一学年2クラスに増えていた。
しーちゃんと僕は初めて違うクラスになった。

部活は僕はお爺ちゃんから習っていた
柔道をやることにした。
しーちゃんは吹奏楽部とか
音楽系の部活に入りたかったらしいけど
残念なことに僕達の中学校には吹奏楽部は無くって
しーちゃんはどこの部活にも加入せずに
僕の部活が終わるまで図書室や音楽室等
学校のどこかで待っていて一緒に帰宅してくれた。

クラスも別々だったからしーちゃんと僕は
『それぞれ別の友達』が出来たり
『離れて過ごす時間』が出来て
しーちゃんも僕もだんだんとそれに慣れていったけど
やはり一緒に帰宅したりしていると
『仲がいいな』と冷やかされたりもした。

そうやって中学校に慣れていった頃…
「はぁ…っ はぁ…っ しーちゃん待ってよ はぁ…っ」
いつもなら自転車の後ろに僕を乗せて二人乗りで帰るのに
今日はなんでかしーちゃんの機嫌が悪くて
僕を乗せてくれず自分も乗らずに
自転車を押して早足で帰っていく。
通学路…というかもう家のすぐ近くにある
廃寺の境内に入っていくしーちゃんを追いかけて行く。
そこは僕たちがお爺ちゃんお婆ちゃんに
引き取られてこの村に来てたからすぐに
『秘密基地』にしていた二人の内緒の場所で。

「ぜぃ はぁ どうしたの…? しーちゃん」
『秘密基地』は昔の防空壕だったのか
山肌を掘った穴に木戸が付いていて。
中に入ると子供の頃は余裕のあった天井が
今は低くて少し腰を曲げて中に入っていく。

「……」
しーちゃんはムスっとしたまま
ようやく僕の方を振り返って。
「さっき保健室で何してた?」
と、いきなり問い詰めてくる。
昔からしーちゃんは心配症なのか
僕が怪我をすることとかをすごく嫌がるので
ああそのことで機嫌が悪いのか
と、思い安心させるように微笑み。
「先輩と寝技してたら畳で擦りむいちゃって…
 知ってる? 最近こういう怪我で
 足じゃなく水虫ができるんだって。
 そんなの出来たら嫌だから
 消毒してもらってただけだよ」
学ランを脱ぎワイシャツの袖をめくって
肘の擦りむいた部位を見せる。

それでもまだ不機嫌そうに黙っている
しーちゃんを見つめて。
「まだ何か他に怒ってる…?」
と今度は僕が問い詰める。
「…保健のセンセーに何話してた?」
ぼそっと小さな声だが
狭い『秘密基地』の中では
はっきりと聞こえて。
「…え…」
ちょっと答えづらいことを訊かれて言葉に詰まる。
じっと僕を睨むように見つめてくるしーちゃんには
答えなきゃ許してもらえそうにないので仕方なく打ち明ける。

「…まだ 僕はオナニーでもイけないんです…って…
 第二次成長期遅れてるのかな…って…相談…してた」
恥ずかしそうに俯きながら話す。
「はぁ…」
しーちゃんは大きくため息を吐いて
僕の髪をくしゃくしゃと撫でてくれた。
「いつも言ってるでしょ? 焦らなくていいって。
 …で? センセーはなんだって?」
「うん… 僕は早生まれだし…
 14歳くらいまでは普通だから
 中ニの終りくらいまで気にしないようにって…」
「ほらね センセーもそう言うんだし焦っちゃダメだよ?」
「うん…」
でもしーちゃんは小四の時からなのに…
それを思うとやっぱり自分が
『子供のまま』なのが気にかかってしまう。

「さっちゃんはそのままでいいんだよ…」
優しい声で言って僕を抱きしめキスをくれる。
「ん… ちゅぅ…ちゅ しーちゃん… ちゅ」
「キスしたり身体触られたら気持ちいいんだし
 不感症とかじゃないんだし…気にしないで… ちゅ」
言いながらゆっくりキスを続け
僕のワイシャツのボタンを外していく…
「んぁ… ちゅく しーちゃん…」
「家だとお婆ちゃんが起きちゃうからって声殺してるからね
 久しぶりにさっちゃんの感じてる声聞きたい… ちゅ…ちゅぅ」
甘く耳元で囁かれれば抵抗する気もないので
しーちゃんの手に身を委ねていった…

家に帰るとお婆ちゃんが心配そうに出迎えてくれる。
「ごめんね 部活が長引いちゃって」
こういう時部活に入ってると言い訳ができて便利だった。
しーちゃんも『帰宅部』だけど
いつも僕を待ってから一緒に帰っているので
二人一緒に帰ってきても『いつも通り』なので
特に言い訳はいらなかった。

お爺ちゃんは僕たちが中学校に入って
すぐに亡くなってしまっていた。
なのでお婆ちゃん一人で家に待たせているので
出来るだけまっすぐ帰って来て家でゆっくり過ごすようにしていた。
部活の友達に買い食いに誘われたりもするけれど
あまり付き合わずしーちゃんと一緒にさっさと帰ることにしていたので
たまにこんな風に遅くなるとお婆ちゃんを心配させてしまう。

「遅くなっちゃったから夕飯作るの手伝うね」
と、お婆ちゃんと台所に立つのもいつも通りの光景で。
学校帰りに食材の買い物を頼まれて
それらを買って帰ってからの夕飯の準備が
日課になりつつあった。

「今日の夕飯 何ー?」
しーちゃんは楽器はなんでもすごいテクニックを持っているくせに
料理に関してはてんで不器用で
卵焼きすら焦がしてしまうので
お婆ちゃんに台所立ち入り禁止とまで言われていた。
「肉じゃが…? カレー? どっちだろう?」
ほぼ同じ材料を下ごしらえしながらお婆ちゃんに訊いてみる。
「そうねぇ どっちがいいかしら?」
お婆ちゃんもどっちにでも変更できるわよっと微笑み。
「んじゃ肉じゃが」
「僕も肉じゃが」
二人でほぼ同時に答えて。
「それじゃあ もう少し
 じゃがいもを足そうかしらねぇ
 さっちゃん剥いて頂戴」
「うん 分かった」

お爺ちゃんが居なくなった寂しさもあるけれど
お爺ちゃんが最期まで
『お婆ちゃんとしーちゃんと三人で仲良く暮らせるように』
と、願っていたので無理をしてるわけではないが
楽しく日々を過ごしていた。

相変わらずしーちゃんと一緒にお風呂に入り
風呂上りのアイスを食べて
早寝のお婆ちゃんが寝入った頃に
しーちゃんとイチャつくのも日課になっていた。

「しーちゃん… 今日は『秘密基地』でシタのに…」
「さっちゃんもイけるようになったら分かるよ…
 何回でも出来そうなこの気分… ちゅ…ちゅく」
「ぁ… しーちゃ… ちゅ…ちゅっ」
結局しーちゃんの言葉に絆されて
いつものように快感に堕ちていった…

中学校ではクラスも別だし
部活の時間もあるので
僕は『しーちゃんと一緒に居ない時間』
というのを久しぶりに経験していた。
流石に中学生なので
泣いてしーちゃんを困らせることはないけど
やっぱり一緒に居ないと数時間でも寂しいもので。
そんな気持ちをしーちゃんも抱いていたのだろうか
気を紛らわせるために授業に没頭していた僕達は
初めての中間テストで1位と2位になった。

その頃からだろうか僕のクラスの女子でも
しーちゃんのことを噂しているのが耳に入るようになった。
きっとしーちゃんのクラスでは
もっと前から騒がれていたのだろう。
成績優秀・スポーツ万能・趣味音楽の
『少年』らしい爽やかなルックス…。
目立つしーちゃんは同学年でなくても
知っている人が増えてきて…
それは良い意味では人気者で
悪い意味では妬みの対象となり
一部の『不良』と言われる先輩たちに
目を付けられてしまっていた。

逆に僕にはそういう相手は全く現れなかった。
後で知ったことだけど
僕に絡むような奴をしーちゃんが
徹底して相手にして僕を守っていてくれたからだった。

小学生の頃からしーちゃんは
ずっとそうやって僕を守ってくれていたけれど
さすがに僕も中学生になって
そんなしーちゃんの隠すことに気付くようになっていた。

そんなある日。
いつものように部活を終えて
しーちゃんとの待ち合わせ場所の音楽室に行くと
「今日は買い物ないんだよね? 歩いて帰ろうか」
と、しーちゃんが言って
自転車を押して二人で歩いて帰ることになった。
こういうことは初めてじゃないが
気になっていたことを口にする。
「…しーちゃん なんで今日は自転車乗らないの?」
「ん? 前からたまに歩いて帰ってるでしょ それだけだよ」
「そっか…」
しーちゃんの後ろから付いて歩きながら
潰れた後輪のタイヤを見つめる。
多分パンクさせられているのだろう。

「しーちゃん …お弁当のバックは?」
自転車のカゴにはしーちゃんの学生鞄しか入っていない。
「あー 教室に忘れて来ちゃった」
まるで今気がついたような声を上げるしーちゃん。
「そっか んじゃ取りに戻ろう?」
「いいよ もうここまで帰ってきちゃったし」
ちょうど家と中学校の中間くらいの場所まで
歩いてきてしまったので明日でいいよと笑うしーちゃん…

『しーちゃんの嘘つき』と泣きそうになるのを堪えて
俯きがちに歩いているとしーちゃんが振り返る。
「どうしたの? さっちゃん」
僕が『気づいている』ことに気づいたかのような心配そうな声。
「しーちゃん… 今日のお弁当 美味しくなかった…?」
俯いたままその場に立ち止まり
ぎゅっと学生鞄と自分のお弁当バッグを握り締める。

僕のその態度や今までの隠していたことを
ズバリ言い当てるような質問に参ったなっと苦笑いして
僕の髪を撫でてくれるしーちゃん。
「さっちゃんの作ってくれるお弁当は毎日美味しいよ?
 でもごめん 今日のは食べてないんだ…」
「……」
申し訳なさそうに髪を撫で続けてくれる。
僕は自分のお弁当バッグの中から
もうひとつのお弁当バッグを無言で取り出す。
しーちゃんのお弁当バッグを…
「あれ? さっちゃんが持ってたの?」
今までの経験上どこかに捨てられるか隠されていると
思っていたのだろう
僕が持っていたことに
困惑の表情を浮かべるしーちゃん。
「昼休みに…しーちゃんのクラスの人が…
 『こんなのもう食えないってさ』って…」
そこまで言うと堪えていた涙がポロっと零れる。

僕からバッとお弁当バッグを奪い取り
お弁当の中身を確認するしーちゃん。
中のお弁当だった物はどこか地面に捨ててから
グチャグチャに踏みにじって
ご丁寧にお弁当箱に詰め込んだような無残な物になっていた。
しーちゃんは悔しそうにそれを見つめる。

いくらしーちゃんが僕を庇ってくれても
人数ややり方が小学校時代とは比べ物にならない程
卑怯な方法になってきていて。
僕を直接虐めるよりもこうやって間接的に
しーちゃんを虐めることで僕に精神攻撃をかけてくる。

「おいで さっちゃん」
土手沿いの道端に自転車を停めて
土手の傾斜に腰を下ろすしーちゃん。
「うん…」
道端で泣いているのも恥ずかしいので
しーちゃんに呼ばれるまま土手に降りて横に座る。

「ふーん 『こんなのもう食えない』って?」
元はおにぎりだったのであろう
潰れた砂利まみれのご飯を手に取って。
「…うん… ぐす…」
「あむ」
泣いている僕の横でいきなり
グチャグチャのお弁当の中身を食べ始めるしーちゃんに
びっくりして涙が止まる。
「しーちゃん!? だめ…っ そんなの食べちゃお腹壊しちゃうよ」
「全然平気だよ 美味しいよ さっちゃんのお弁当」
ジャリジャリと砂を噛む音を立てながら
食べ進めていくしーちゃんを止める。
「本当にもういいからっ そんなの食べないでっ」
「だってお昼食べてないからお腹減っちゃってー」
いつもの口調でなんでもないように言うしーちゃん。
「もう… 家帰ったらパウンドケーキ焼いてあげるから…
 お願いだからそれ捨てて?
 持って帰ったらお婆ちゃんに心配かけちゃうし…」
しーちゃんはお菓子を作るという条件ににっこり微笑んで
「やったー んじゃ これは川の魚の餌にしよう」
土手を降りて行って中身を川に流すしーちゃんを
今度は悔し涙ではなく嬉し涙で見つめる。

川面にお弁当の中身を流しながらぎゅっと唇を噛んで
今まで隠していた悔しそうな表情を浮かべるしーちゃん。
自分がどんなにさっちゃんを庇っても
こうやって見えないところで物理的にではなく精神的に傷つけらる。
しーちゃんが部活をしてる時間
どれだけ自分が肉体的な虐めを受けても平気で居られるが
そこまでしてもまださっちゃんを傷つけられるのか…
小学校の頃とは違ってさっちゃんを陰湿なやり方で
性的暴力でしーちゃんを虐めてくる…
さっちゃんを守るためなら何でも出来るが
こうして見えないところでさっちゃんを虐めてくる奴らを
本当に憎いと思いながら
それをさっちゃんには悟らせないように
ぎゅっと唇を噛み締めた後にはいつもの笑顔を浮かべて振り返る。
「さぁ 早く帰ろう チョコバナナのやつが食べたいなぁ」
と、焼いてくれるパウンドケーキを楽しみにしながら
土手に座ったさっちゃんに軽く口付けてから手を取り立たせて。

「うん…」
いつものしーちゃんの笑顔にほっとしながら
二人で自転車を押して家へと帰っていく。






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