「よう、久しぶりだな、最近見ねえと思っていたがなぁ?」

しとしとと細かい雨が降り注ぐ、高級遊郭『影楼』
絡み付くような闇にひっそりと佇むそこは限られた者にしか存在を知ることすら許されない場所。
政治家 財閥 果ては海外の主要人物が足しげく通うというまさに『聖なる領域』
影楼には女性はいない。
いや正確には『娼婦』は存在しない。
影楼の特殊性はいたるところから選りすぐられた『少年たち』が
『娼婦』としての役割を担っているところである。

「あ?俺の顔を見たくなったって?
 『抱かれにきた』の間違いなんじゃねーの?」

影楼では少年たちが惜しげもなくその花を咲かせ
欲望を受け止めては客人たちを更なる『深み』へと誘っていく。
影楼の最も奥にある和室からは、砕けた話し方ながら胸をくすぐられるような艶やかな低い声が響く。
ここに住まうは『柚槻』
影楼でも高嶺の花であろうと目される男娼である。

「あー、へんなの。別に金払ってんなら文句はねえけどよ」

貴金属のような光沢をもつ銀色の髪に、人間の瞳ではあり得ないような紫紺の瞳の色。
日本人の容貌を残しつつも、彫刻のように整った顔立ちは少なくとも少年には見えない。
影楼は約30の男娼が在籍しているが
そのほとんどが『朝霧組』と呼ばれる未成年であり
20歳を超えるころには身請けや影楼の従業員として生きていく定めにあった。
しかし、例外も存在し人並み外れた美貌を年齢を重ねて
なお残すものは『夕霧組』という位置づけで在籍を認められる。

「で?土産に酒なんか持ってきたってこたぁなんか話でもあるんだろ?」

『夕霧組』は影楼のなかでも当然のごとく数少なく
時代によっては片手の指で数えられるほどにしかいないこともある。
柚槻もその一人だった。
この階級ともなれば料金も格段に高く
男娼の同意がなければ出会うことも許されないために
『客人』の中でも指折りのVIPしか花を買うことができない。
それ故に『夕霧組』が持つパイプも半端ではなく
彼らの声一つで国が動いてしまうという『傾国の美女』ならぬ『傾国の美男子』を体現する存在である。

「……は?俺の話が聞きたいって?」

ゆったりと腰をあげる柚槻は、うっすらと獰猛な笑みを浮かべて客人に近づいていく。
そして大胆にも客人の顎をくいと人差し指であげていく。
ここでは客人と男娼に格差は存在しない。
ただの人間同士が本能のおもむくままに自分をさらけ出すだけなのだから。
柚槻は半ばおびえるような客人に対しくつくつと嗤う。

「なんて顔してんだよ
 そんな『地雷踏んじゃいましたー』って思ってるのが顔に出てんぞ?
 ちっとばかし値が張るだけだがなぁ
 ……くははっ 冗談冗談」

ケタケタと笑いを堪えきれずに吹き出す柚槻に
客人は気が気でないといった感じで苦笑いを浮かべる。
パサリと豪勢に刺繍をあしらった着物を翻して
机の上においてある煙管にマッチで火をつければ、甘ったるい煙が部屋に広がっていく。

「手前との仲だからな、話すことに関してはなーんとも思ってねえよ。
 ただどこから話していいのやらなあ。
 まあ今になってもいい思い出なんか一つもねえけどな」



鬼の子 第一話 「孤独」

『――訪ねるにはよい場所であるが、 滞在するのには寂しい場所である』 ヘンリー・ショー



問題のない、ごく普通の家庭に生を受けた。
彼の両親は、障害も精神疾患もないありふれた人物だった。
ただ、彼は生まれた時から一度だって『愛情』を受けたことがなかった。

向けられるものはいつでも好奇の視線、何か奇妙なものを見た視線ばかり。
彼は幼いころからその理由を知っていたし
両親からもそういった感情を向けられていることを気づかざるを得なかった。

彼の容姿はそれだけ『異常』だった。

老人が持つような白髪とは違う、光沢のある銀色の髪。
カラーコンタクトでも表現できるか分からないほど色濃く染まったヴァイオレットの瞳。
そして死人のようにも見える白い肌。
彼はそれらを持って生まれてきた。

両親は生まれたばかりの赤子を何度も検査したが
アルビノとも皮膚疾患ともわからない、いわゆる『原因不明』という結果が返ってくるだけだった。

彼の両親はこの『異常な』我が子を育てていくこととなった。
――我が子を愛し、守るためではなく
  自分たちの世間体を守るために――

「ねー××くんはどうして髪の毛の色が違うの?」
「なんか目の色も変だよねー」

彼が小学校に入学した時に同級生から言われた一言目がそれだった。
無理もない、自分の同級生が明らかに『普通』とは異なる外見をしていれば当然の質問だ。
彼はその質問にむすっと

「うん、僕びょーきなんだって、だからちょっとちがうんだって」

と同級生に飄々と答える。

「うわあー××くんて病気なんだー」
「あー、そういうこといっちゃいけないんだー」

周りの生徒たちが思い思いの言葉を口にしていく。
彼にとっては何のことはない
自分の異常性は自分が一番知っていたからそういわれることは慣れの問題だった。
わいわいと騒ぎ立てる生徒を担任の先生が彼を中心にして作っている輪の中にかき分けて入っていく。
先生はむらがる生徒たちに、ありがちな戒めを口にしていく。

「××くん、大丈夫かな?ああいうのは気にしちゃいけないよ?君は君なんだから」
「はい」

彼は違いがあるならそうであると認めてくれるほうがむしろ楽だった。
初めのうちは、学校生活を楽しく過ごしていたが、しかし成長するごとにその心底が見えてくるようになる。
自分が『異常』であるからこそ
無理にでも合わせようとしてくる先生、もとい大人たちは自分を『同情』しているのだと。
同情ならまだいい、まだ自分に視線を向けてくれている。
だが両親は違っていた。

両親は自分の髪の毛を黒く染めようとした、カラーコンタクトで瞳の色を変えようとも試みた。
けれども彼の髪は染まらず、瞳の色も返って歪な色になってしまう。

実の子を何とかして『普通』に学校へと通わしてあげたい。
はたから見ればごく普通の親心であろう。
しかし彼の両親は彼を見ていなかった。
彼の背景にある子供たちや、他の大人の視線を透かして見ているのだと気づかざるをえなくなっていた。

3年、4年と年を重ねるごとに、周りの子供たちもその異常性に徐々に気づきはじめることになる。
いままでは『かみのけやめのいろがかわっているおともだち』だったのが、
『自分の体と明らかに違う気味の悪い奴』へと変わっていったのである。

低学年では友達だった生徒もいつしか1人2人と離れだしたのを皮切りにどんどん離れて行ってしまった。

それでも表立ったいじめなどはなかった。
それよりももっと彼にとって苦痛だったのが『普通』いられない自分の存在自体だった。

――普通とはなんなのか、髪が黒いこと?
眼のいろが黒いこと?
普通じゃなかったら友達さえもできないのか?

彼は孤独だった。
こんなにも大勢のクラスメートがいるのに相手にされず
目立った問題もないために、先生からもあまり気にも留められず、両親すらも自分の心を見ようとはしない。

そんな暗い感情が渦巻いたまま小学校の卒業を迎えることになる。

小学校の卒業式。
クラスメートは両親に連れられて校門をくぐる中、彼だけはいつものように一人で登校した。
両親は来ない。
仕事があるからと前もって言われていたからだ。
教室に入ると

『卒業おめでとう』

と、きらびやかに飾られた黒板が出迎えてくれる。
しかし彼には何の感慨もなかった。

その後、取り仕切られた卒業式でも
みんなが咽び泣くなか一人ぼーっと参列している保護者席を眺めるだけだった。
彼にとって最も思い出になるであろう小学校は
ただ膨大な空白として心にぽっかりと穴をあけただけだった。

夜、両親とともに食べる夕食も、いつしかずっと会話がないままになってしまっている。
父親も母親も学校のことなんて聞きもしないし
『特に事件がなければ』と、いうふうに決め込んでいるようだった。

ふと、そんな静寂に彼は口を開く。

「ねえ、父さん母さん」

「ん?」

眼を伏せたまま、両親に語りかける。
彼の両親はふと彼の方向を見やりじっと見ていた。

「普通の人ってどんな人?」

「……」

「僕、昔の絵本で見たんだ、桃太郎が鬼退治するお話…
 桃太郎が倒した鬼がね、真っ白な髪で、目がまっかっかだったんだ。
 鬼は人間と違うから退治されちゃったり、のけもの扱いされちゃうんだね」

「父さんや母さんは普通なのに、僕はやっぱり違うから、普通に生きていけないのかな」

「……」

長い時間が流れた後、両親はついに答えられなかった。
しかしすべて彼は知っていた。
せめて指を差されない程度の『人間』に生まれてきてほしかったんだと。

鬼の子は 人間の世界では 生きていけないということを

誰に言われたわけでもない、ただ彼の心ではこれ以上の孤独には耐えられなかった。
罵られるわけでもなく、痛めつけられるわけでもなく 

無関心、疎外感が彼をここにいることを良しとはしなかった。



次の日、彼はそこにはいなかった。
テーブルの上には一枚の紙切れが残されてあった。

『鬼の子はここにいちゃいけないんだ、ごめんなさい父さん 母さん』






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